徳佐川橋りょう
山形鋼を組み細かい格子状に鋼板代わりに使用。
建設当時の姿を残す、意匠的に優れた橋りょう。
徳佐川橋りょうは、山口線の徳佐-船平山間にある橋りょうです。
建設当時、第一次世界大戦の影響で欧米の製鉄所から大型鋼板を入手することが非常に困難になったため、山形鋼を組み目の細かい格子として鋼板の代わりに使用したラチス桁が採用されました。当時はこの構造が多数製作・架設されましたが、標準型のプレートガーダーに比べ細かい部材が多く保守上不利であったため、そのほとんどがすでに取り換えられ、国内には3連のみが現存します。
本橋りょうは、切石積み橋台を含め建設当時の姿を残す貴重な現存例で、開通当初からの下部工と上部工が揃っていて、意匠的に優れた外観を残しています。
沿革・歴史
第一次世界大戦の影響で欧米の製鉄所から大型鋼板を入手することが非常に困難になったため、プレートガーダーの腹板の代わりに、八幡製鉄所製造の山形鋼で構成した斜格子を用いた上路格桁が1918(大正7)年に設計されました。設計荷重はE33、径間は40、50、60、70ftの4種類で、1919(大正8)年から23(大正12)年にかけて少なくとも50連以上製作され、建設線、線増線、その他に架設されました。当事物は、1922(大正11)年の徳佐-津和野間の開通にあわせて竣工しました。
備考
基本情報
- 種別
- 橋りょう
- 所在箇所
- 山口線 徳佐〜船平山
山口県阿武郡阿東町徳佐中、沖田川に架設
- 設置等年月日
- 1922(大正11)年8月5日
- 製造会社、箇所等
- 文化財、遺産等登録


