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輝く匠

安全・安心を支える技術(第25回)

お客様のためにベストを尽くせる社員を育てる(大阪支社 王寺駅管区 池田 英雄 係長)

大阪支社 王寺駅管区 池田 英雄 係長

匠プロフィール
昭和54年国鉄入社。下関駅、宮野駅勤務の後、山口駅旅行センターで旅行業に携わり、平成元年には大阪駅旅行センターへ。その後、地元山口エリアでの勤務を経て、平成13年からは再び大阪エリアに戻り、京橋駅、森ノ宮駅で出改札業務に従事。平成18年にはその豊富な営業の知識・技能と卓越したリーダーシップを買われ、鶴橋駅で当直係長に就任。平成22年からは王寺駅の営業育成総括係長として活躍中である。若手社員教育に際しては、教える立場としての十分な業務知識を身に付けること、自分自身が良い手本となることを心掛けており、駅社員からの信望も厚い。
 

プロセスを重視し、自ら学び考える社員を育てる

半期に一度の駅営業社員知悉度把握試験で常に大阪支社の上位にランクインする王寺駅。池田は、その王寺駅で若手社員の育成を担当する。

「知識や技能はあくまでも自分で努力して身に付けるものです。だから私の仕事は、そのための『機会』を与えることと、若手社員の自主性や考える力を引き出すことです。例えば、毎月1回営業勉強会を開催していますが、そこで取り上げるテーマや必要な資料は自分たちで考えさせます。すると、普段はあまり開かないマニュアルや冊子を開いて必死で勉強し始めます。もし、私がテーマを決めて一方的に教えるだけだったら、受け身のままで終わってしまいます」。

また、若手社員から質問を受けた時も、決して先に答えを教えない。「過去の類似事例などを参考に、自分なりの答えにたどり着くまで考えさせます。その場で答えを教えるだけだと、理屈や本質が分からないままになり、本当の意味で自分のものになりません。そのため私は答えに至るプロセスを大事にしています」。

旅行業で知った「お客様のためにベストを尽くす」大切さ

山口県出身の池田は、国鉄職員だった父親の勧めもあり国鉄に入社。下関駅で鉄道マンとしてのキャリアをスタートさせた。出札や改札、旅行センターでの旅行業などに従事し、平成元年からは大阪駅旅行センターへ。「旅行業は、航空券や宿泊の手配なども行うため、ただでさえ多種多様な知識が必要です。その上、大阪は山口とは比較にならないほどお客様が多く、ご要望も多岐にわたっていたので、毎日本当に大変でした」。

その後、大阪での経験を生かしながら徳山や岩国でも旅行業に携わるが、その間、海外旅行経験がほとんどないにも関わらず、フランス・スペインツアーの添乗を命じられたこともある。「不安で眠れない日々が続きました。でも、悩んでも仕方ないので、開き直って自分にできる精いっぱいのことをしようと覚悟を決めて出発しました。お客様にとっては物足りない添乗員だったかもしれませんが、一生懸命な姿を見ていただけたのか、多くの方から感謝やねぎらいの言葉を掛けていただきました」。

旅行業に携わっていた当初は、とにかくお客様にご満足いただくために必死だったという池田。しかし、「旅行業を通じて、お客様と接する際のマインドを学んだように思います」。

全ての仕事がお客様につながっているという自覚と誇りを持つ

後進の育成に力を入れる池田だが、一方で、彼らに負けまいと飽くなき向上心も見せる。「今は運転法規の勉強をしています。営業だけでなく、駅輸送の知識もあれば、それだけお客様へご案内できる幅が広がります。全ての仕事がお客様につながっているという自覚と誇りを持って仕事の質を高め、『安心』『信頼』につなげていきたいと思います」。

朝の通勤・通学時間帯にはホームでの列車看視も行う池田。自ら学び考えながらお客様のためにベストを尽くせる社員を育てるため、今日も先頭に立つ。

  • 勉強会に向けて入念な準備を行う。
  • 「チーム誤発0」メンバーが中心となった継続的な取り組みにより、社員の誤発売防止の意識が向上し、発生件数も減少した。
  • お客様の安全のため早朝に出勤し、列車看視を行う。

未来の匠

脇田 博明

池田係長は、営業の知識・技能に優れていて、相談には親身に乗ってくれますし、疑問点には根拠を示して指導してくれます。私も後輩指導の際にはそんな池田係長のやり方を参考にしています。また、若手社員のしつけに厳しいのですが、一方で、若手社員と一緒になって通信研修を受講する一面もあります。そうした姿勢から、社員の信望も厚く、尊敬されています。私も池田係長に一歩でも近づけるように自己研鑽に努めます。

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