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広島駅を“語る” Vol.08 広島電鉄とJR西日本のラッピングコラボトレインは地域の人に親しまれる新しい鉄道の形

  • 関西工機整備株式会社
    取締役印刷事業部長 大森正樹さん
    千葉大学工学部工業意匠科を卒業後、1989年にJR西日本に入社。鉄道設計技士として車両の設計やデザインに携わる。同社の車両設計室課長を経て、関西工機整備に出向。印刷事業部長として鉄道の案内サインや路線図、時刻表の制作などを行っている。

目次

広島の鉄道ネットワーク全体をブランディング

JR西日本に在籍されていたときに、広島の鉄道ネットワーク全体のブランディングをされていたそうですね。

大森:以前はJR西日本の車両部で主に車両の設計をしていました。2014年に広島エリアにJRの新車が入るということが決まり、JR西日本として広島の鉄道ネットワークのブランディングを行うという流れが生まれました。JRにとって広島とはどういう存在か、あるいは広島にとってJR はどういう存在なのかを考えるように言われ、あらためて広島駅を見直してみて感じたのが、看板などを見ても新幹線のことが大きく扱われ、在来線のことが強調されていないということでした。当時、新幹線をメインに営業していたかもしれないし、広島の方々にとっても広島駅は新幹線に乗るための駅という意識があったかもしれません。そこで、在来線を含めたネットワーク全体をデザインして、地域の人に親しみをもってもらえるようになればいいのではとそんな議論がいろいろなところで行われていました。

ブランディングの一環としてJR西日本227系のRed Wingをデザインされたとも伺いました。

大森:新しい車両作りをきっかけに、駅のサインやラインカラーもまとめてデザインできればという話になり、そうした後の流れを考えて車両をデザインすることになりました。大阪の最新型の車両を広島に導入する方針が決まったのですが、広島の方と会話をしていると、大阪と一緒のデザインではなく、広島にとっての電車にするべきではという思いが沸き上がり、広島の車両は、広島のために、広島によるデザインをすることになりました。そこから広島のデザイナーさんと組んでやろうということになり、最終的に広島オリジナルのデザインとしてできたのが227系のRed Wingです。同時に、鉄道ネットワーク全体を「シティネットワーク広島」と名付け、車両にとどまらず、駅のサインなどもデザインしました。

車両や駅のサインなども含めたトータルデザインは、当時としては画期的な取り組み

車両以外のデザインも変更されたんですね。駅全体をトータルデザインされるのは珍しいのでは?

大森:大きな改修などがない限り駅全体のデザインを変えるのは難しく、設備投資のタイミングや、新車両と旧車両が混在し続けるといった課題もあります。ですが、このときは新車両を投入し、2、3年で全て新車両に変わる計画だったため、それなら一気にやってしまおうと。それから各部署のタイミングでできることを行うことになりました。車両デザインが一番最初の取り組みなので、のちに展開できるビジュアル素材を意識してデザインました。ラインカラーや路線記号といった駅全体に関わるブランドデザインを導入するのは、当時としては非常に画期的だったと思います。広島の新車両を作るというだけではなく、ネットワーク全体を作るんだという思いで実現できました。

広島駅はもちろん、JR西日本にとっても大きな挑戦だったんですね!

大森:古い話になりますが、国鉄時代は全国で車両のデザイン等が統一されていて、あれはあれの良さもありますが、一方で、自分たちの街の自分たちの電車≠ニ思ってもらえるかというと、多分、思ってもらえない。広島でやったこの事業は、自分たちの街の自分たちの電車≠ニ思ってもらうことを目指しました。のちに大阪の環状線でも新しい車両を作るときに広島と同じような手法で、環状線としての新しいネットワーク全体のデザインを、今で言うブランディングをすることになりました。昨年からは、岡山でも新車両のUrara(ウララ)が誕生し、JR西日本としてのブランドが積み重なるような感じで、そういう大きな流れのきっかけになったのが、広島の事業だったと思います。

Red Wingは車体カラーが赤ですが、これはやはり広島東洋カープを意識したのですか。

大森:私自身野球が好きで、広島というとカープのイメージがありました。カープが地域に支えられて育ってきた歴史は知っていたので、あらためてカープは地域との繋がりが濃く、本当に地元の人に愛され、自分たちの球団と思われている世界があることを再認識しました。そういう意味では、鉄道もそうあるべきと思っていたので、鉄道もカープのようにならないといけないなと。そんな広島の皆さんにとって「赤」は特別な色だと感じました。ですが、当時の広島の公共交通では赤が使われておらず、「なぜ使わないんだろう?」と思っていたんです。その後、社内で意見を聞いたり議論を重ね、それでもやはり赤がいいという話に。その流れの中で、広島の公共交通のデザインを手がけたデザイン事務所の方に「なぜ、広島の公共交通は緑や黄色ばかりで、赤は使わないんですか」と聞いたところ、「あれは神聖な色だから、簡単に使えない」という返答が。「なるほどな」と。傍から見ている私と、広島の方々とでは「赤(カープ)」に対する思いの大きさが違うのを実感しました。広島の方に赤い車両を受け入れていただけるか不安もありましたが、地域に愛されるカープにあやかり、地域に愛されるRed Wingになってほしいという想いを込めて赤を採用しました。この仕事は単なる車両造りではなく、ブランド作りという感覚もあり、私にとっては本当に思い出深い仕事になりました。

2016年にカープが25年ぶりにリーグ優勝した際は、行先・種別表示(LED掲示板)にカープ坊やが表示されたのも話題になりました。急遽、カープ坊やをデザインしたのですか。

大森:車両にある行先・種別表示(LED掲示板)も車両部で設計し、「広島」などの行き先や路線記号を入れたりします。先ほどの話の流れで、地域に親しまれるためには地域の大事な素材を活用できたらと思い、社内でも賛同を得て、カープ坊やをデザインの中に入れておいたんです。車両の設計をしていたのが2014年だったのですが、カープは2013年に久々にCSに進出し、上昇気流にありました。カープ坊やをどのタイミングで出すか、当時のJR西日本広島支社にお任せし、「活用できる機会があったらどうぞ」とこっそり申し渡していました。そうしたら2016年にリーグ優勝し、優勝した翌日に、これ以上ないタイミングで出してくれたんです。皆さんにも喜んでいただけて、地域に愛される大先輩のカープにあやかって、地域に愛されるRed Wingになれたかなと。その後3連覇。中には「Red Wingがカープに優勝をもたらしてくれた」と言ってくれる人もいて、そういう意味でも親しまれて良かったです。

最初からカープ坊やを作っておくという遊び心が面白いですね!

大森:私の専門はコミュニケーションデザインでして、デザインは企業と利用者を繋げるためのものだと考えています。カープ球団とファンを結ぶのもデザインですし、鉄道会社と利用者を結ぶのもデザインだと思うので。そのデザインが両方から親しまれるのが一番いい、両方に大事にされるものをと考えたのが、結果的に遊び心になっているパターンはあるかもしれないですね。

Red Wingから繋がったレールが垣根を越えて広島電鉄とJR西日本のラッピングコラボトレインに

広島電鉄とJR西日本のラッピングコラボトレイン事業に関わることになったときのお気持ちは?

大森:今は車両設計ではなく、グループ会社である関西工機整備の印刷の部署にいますが、それでも車両デザインのお仕事をいただけるのがありがたく、面白い仕事にお声掛けいただいてうれしかったですね。鉄道が地域の人から親しまれるためには、できることを何でもやったらいいじゃないかと。鉄道会社の垣根を越えるのは難しいこともたくさんあります。傍から見ると「ライバル会社なのに」などいろいろな見方があると思いますが、垣根を越えるとみんなハッピーですよね。鉄道に、公共交通に、地域の人が近づいてきてくれるすごい企画だなと思いました。

広島電鉄の車両デザインとJR西日本の車両デザインを入れ替えてデザインするというのは珍しいのでは?

大森:Red Wingが広島電鉄の車両に描かれて展開されるというのは非常にワクワクする内容でしたし、デザインコンセプトをしっかり意識してお仕事させてもらえると思いました。広電のカラーリングをJRの車体に移し替えるというのも、車体のことを分かっているがゆえにできるというのもあると思います。最近、鉄道ファンの方がインターネット上で車体の色を塗り替えて楽しまれていますが、今回は本物の車両でそれを行うので、それに勝るものはないというか、こういう取り組みは初めてかもしれないですね。

それぞれをデザインする上で工夫された点はありますか。

大森:ラッピングって塗り絵のようにすればいいと思われているかもしれないのですが、顔にお化粧するのと同じように立体的なところに色を入れていくので、それぞれの車体の顔や特徴に合うように工夫しました。例えばRed Wingの場合は縦の赤いラインが特徴的で、車両の端に入れていますが、それをそのまま路面電車に置き換えるのではなく、実はちょっとアレンジを加えました。路面電車として一番強調したいのは乗り降りする扉で、非常に大切な部分ですから、そこに赤いラインを入れました。同じ鉄道、同じ乗り物と言いながら、車両の長さや車体の区切りなどの構造が違うので、それに合わせながらデザインしました。とはいえ大幅には変えたくなく、雰囲気は残したいとも思っていて、うまい具合にそれぞれの特徴を残すことができたと思います。

JRの車体に広島電鉄のGreenmovermax(グリーンムーバーマックス)をデザインすることになった経緯も教えてください。

大森:実は、JRの担当者から広島電鉄の3車種の提案があり、全部で3種類作りました。広島電鉄の方からは「あらゆるイメージパース図に入っているGreenmovermaxが一番しっくりくる」という回答がきて、そして最終的にどの車種を選ぶかは私に任せていただけるということでしたので、JR西日本の担当の方と何度も議論を重ね、デザインを見た結果、広島電鉄の方と同じくGreenmovermaxがJRの車体に一番合うということから、このデザインになりました。

広島電鉄のデザインをJRの車両に描く上で大変だった点はありますか。

大森:広島電鉄の車両の方が地面から天井までの背が高く窓が大きいので、ホーム面から上しか見えないJRの車体に同じバランスで描くと緑の部分が多くなってしまうんです。そこで、窓、緑、白のバランスを変え、JRの車体であるステンレス部分を下に残している状態にしました。

お互いの車両で、ここに注目!という点はありますか。

大森:路面電車には乗降する扉に「入口」「出口」と書かれていますよね。それをJRの車両にも入れました。JRの場合、「扉に出口、入口って書かんでもええやん」と思われるでしょうが、あえて全ての扉に「出入口」と入れました(笑)。路面電車のルールをJRでも再現しています。車体の上部にはGreenmovermaxという表記も入れました。逆に広島電鉄の車体にはシティネットワークという表記を入れています。探してみてください。

新車両の運行開始と同時にグッズも発売、鉄道業界では異例の取り組み

今は印刷製品を通して鉄道会社をブランディングされていますが、車両デザイン以外でも関わっていることはありますか。

大森:現在の部署では車両のラッピングや車内のサインなどをメインに商品を作っています。それがコロナの期間中は皆さんの外出が減って鉄道の利用も減り、当社の仕事も減りました。そこで何か新しい仕事に取り組まねばということで一般消費者向けのグッズなどを作るようになりました。日頃からリアルなデザイン素材を扱っているという強味を活かし、鉄道会社のブランディング作りを行うという思いでグッズを作っています。普段、鉄道を利用する人は、駅や車両をいつも目にされていますが、利用していない人にも鉄道に親しみを持ってもらい、鉄道の世界を知ってもらうにはグッズがあるといいなと。今回、ラッピングコラボトレイン事業に合わせてグッズを作ると聞き、ラッピングデザインをすると同時にグッズのデザインも進めていきました。
ラッピングトレインは2024年9月20日から走り始め、グッズも同じ日に発売しましたが、実はこれ、意外に今までできていなかったんです。グッズの方が後だったりするんですよね。今の世の中、イベントとグッズ発売がリンクするのが当たり前だと思いますが、鉄道業界の場合、リアルな鉄道の車両や駅を作る部署と、グッズを企画・開発する部署との連携が取りにくいのが現状です。ですが今回は、最初からグッズを作ることが計画されていたので、それに合わせて進んでいきました。ラッピングもグッズも根本的なデザインは同じですし、本物の車両をデザインしているだけあって、グッズのビジュアルも本物と同じクオリティで皆さんの手に渡るというのは、ブランド展開としてはとても大切なことだと思います。

グッズの一押しポイントを教えてください。

大森:缶バッジやクリアファイル、マスキングテープ、ステッカーはデザインだけでなく、製造も行いました。缶バッジはシークレット商品もあります。商品が入った箱もデザインし、展開したら広電の車両とJRの車両が並んで描かれていたりして、箱も楽しめるようにしました。

いただいた名刺には路線図アートが描かれていて、カープ坊やに見える路線図アートも作られたことがあるそうですね。

大森:職場のカープファンの先輩が退職される際にプライベートで作ったものなんですけど、カープ坊やに見える路線図アートにしました。一応これ、広島の街になっているんですよ。そういう意味で路線図アートというのは、地域を象徴するような素材が使えますし、皆さんに親しまれるツールになるんじゃないかと思います。
※下の写真は阪神タイガースをモチーフにした路線図アート

交通の結節点が変わるのが究極で素晴らしい
公共交通は分かりやすいのが一番!

新しい広島駅ビルには広電が2階に乗り入れます。大森さんからご覧になって、新しい広島駅はいかがでしょうか。

大森:私自身、元々は鉄道とか公共交通を分かりやすく便利にしたいという思いが根源にあり、そのためには案内サインなどコミュニケーションデザインツールが非常に有効なツールだと思っています。そういう思いでいくと、鉄道の結節点が、土木的にも物理的にもあんなに分かりやすく繋がるというのは、もう究極ですよね。素晴らしいなと。そうすると案内サインの出る幕がなくなりますが、公共交通が便利になるというのが究極の世界なので、ある意味サインがないのが一番いいんですよ。今回、結節点が変わってJRと広電が繋がり、バスターミナルもできるので、これで本当にシティネットワーク広島が完成したと思いました。

広島は「路面電車の博物館」と言われることもありますが、広島の街はどう思われますか。

大森:広島電鉄の、古い車両を大事にするというのが素晴らしいですよね。丁寧に手入れをされていると、本当に長く使えるんだなと。皆さんの暮らしや通勤手段として根付いていると感じます。車の場合、持っている人だけの世界になりますし、地下鉄だと、地下鉄に乗るまでに階段を下りていかないといけないのですが、路面電車は目の前を走っていて、シンプルで分かりやすいのがいいですね。

新しい広島駅ビルで楽しみにされている部分はどこでしょうか。

大森:公共交通で街がどんどんつながるというところですかね。それで広島駅に来やすくなりますし、JRにも親しみを持ってもらえる。単なる商業施設ができたということではなく、先ほども話しましたが、交通結節点が変わったのが一番大きなポイントですね。繋がるとどんな風になるのか、私も楽しみです。

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