Loading...

総合職採用

施設
(駅機械システム)

近畿統括本部 京都機械区 区長 川畑 貴裕 1998年 入社

Career Step

  1. 1998年金沢支社 金沢機械区
  2. 2000年大阪支社 大阪設備区
  3. 2003年新交工機(株) 出向
  4. 2006年施設部
  5. 2009年岡山支社 岡山機械区 係長
  6. 2012年施設部 課長代理
  7. 2016年(株)JR西日本テクシア 出向
  8. 2019年近畿統括本部 京都機械区 区長

業務基幹システムの開発を担当。
機械部門の業務を俯瞰して学ぶ

大阪支社 大阪設備区

入社して最初に配属された金沢機械区は、ベテラン社員が数多く在籍していました。また、さまざまな技術開発も受け持っていました。機械部門の仕事を学ぶにはうってつけと言える環境で2年間を過ごせたおかげで、キャリアの土台を築くことができました。3年目に配属された大阪機械区技術管理テーブルで担当することになったのが、当時、導入されたばかりの業務基幹システム「TOMAS」の管理・改良です。TOMASは、大阪支社だけでなく、機械区に所属するすべての社員が使用する業務システムです。さらに、当社と取引のある請負会社も使用します。そのため、入社後から学んだ設備の仕事だけでなく、機械区が扱うあらゆる業務を理解し、システムに落とし込んでいく必要がありました。それぞれの業務にはその根拠となっている規程やルールがあります。それらも1つずつ学び、システムへ反映させていきました。学ぶべきことが膨大で非常に苦労しましたが、各部署に仕事の中身を問い合わせたり、システムの説明を行ったりというコミュニケーションを通して、社内での人脈が大きく広がりました。機械区を俯瞰して眺め、部門ごとの関係性や地域による特性なども理解することができました。これらは、後に施設部で仕事をするうえでの大きな財産になりました。

成長を支えたもの

厳しくも優しい先輩や上司の方々に導いてもらえたことが、成長の原動力になりました。例えば最初に配属された金沢機械区では、経験豊富なベテランの方々から、「現地・現物・現認」という「三現主義」の大切さを教えてもらいました。私は和歌山出身で、雪や寒さの怖さを知りませんでした。そんな私を現場へ連れて行ってくれ、雪の影響やそれを解決する消融雪機の重要性を、先輩方は現物を示しながら教えてくれました。その経験が、後の北陸新幹線での仕事に活かされました。機械部門は少数精鋭の部門で、誰もが顔の見える関係です。そして、尊敬できる先輩方ばかりです。その背中を見続けてきたことが、自身の成長へとつながりました。

初の本社勤務。会社方針を理解し、
機械部門の基準・制度へ落とし込む

施設部

2006年に配属された鉄道本部施設部機械課は、私にとって初めての本社での勤務。機械以外の部門との調整や連携が求められる仕事に、それまでとはまた違った期待や不安を感じながらのスタートとなりました。担当したのは、機械部門が仕事を行ううえでのルールや業務の進め方、基準などを決めて規格化する仕事です。かつて担当したTOMASの管理・改良の仕事は機械部門のルール・基準に基づいていましたので、今度は、さらに川上にさかのぼって機械部門全体を見渡して取り組む仕事と言えました。鉄道を安全で安定的に運行するには、明確なルールや判断基準が欠かせません。他部門とスムーズに連携するためには、お互いの役割分担をはっきりとさせておくことも大切です。ところが鉄道を取り巻く環境の変化などにより、これまでの決め事では対応できない場面も生まれてきます。そこで、私が担当したように、改めて基準・ルールを作り直す必要があるのです。とはいえ、現場で働く人たちにとって、慣れ親しんだ仕事の仕方を変えることには抵抗があります。他部門にも変更を依頼しないといけないケースも出てきます。またこの時は、設備の保全管理を計画から実施まですべて委託するという「フルメンテナンス」の導入を並行で進めており、そのためのルールや基準づくりも行っていました。関わる人それぞれに要望がある中、状況を説明して納得してもらうというプロセスは大変な苦労を伴いました。しかしそれこそが、会社全体の方針を理解し、具現化していくという本社業務のやりがいだとも感じました。

私の地域への取り組み

現在私が区長を務める京都機械区管内では、毎年夏に「びわ湖大花火大会」が開催されています。何十万人という人出で賑わうこのイベントで、私たち機械区は、最寄り駅などにイベント用の特設改札機を持ち込み、混雑の解消に努めています。また、京都鉄道博物館では、お子様たちに駅係員のお仕事体験をしてもらうイベントを開催しています。制服を着て、券売機の案内などをするお子様の笑顔は、とても素敵ですよ。

北陸新幹線が開業。
会社の代表として、設備の安全を実現する

施設部 課長代理

岡山での約3年の勤務を経て、再び本社の鉄道本部施設部機械課に戻った2012年は、北陸新幹線の開業を控えた時期でした。新幹線は、独立行政法人 鉄道建設・運輸設備整備支援機構(機構)が計画や建設を行い、開業後に当社が運行を引き継ぐという役割分担になっています。もちろん、スムーズに引き継ぎを行って安全で安定した運行を行うためには、当社も計画段階から参画します。そこで私が担当したのが、当社の機械部門の窓口役となり、機構との調整を行うことです。国家的プロジェクトに対して会社の代表として携わることに、大きなプレッシャーやかつてないほどの緊張を感じたことを覚えています。北陸新幹線には、新幹線としては初めての消融雪装置を導入することになりました。消融雪装置といえば、私が新人時代に金沢で携わった思い入れのある装置です。この設備を滞りなく導入し、稼働させるのも私たちの役割。設備の設置状況を確認するために、寒風が吹き付ける高架線路をすべて歩いて検査したことは忘れがたい思い出です。そして迎えた開業当日。私は金沢駅の消融雪装置を操作するテーブルで待機し、1号車の発車を見守りました。この日を迎えるために、機構をはじめとした関係箇所と密に打ち合わせを重ねてきました。若手時代に携わった消融雪装置が活躍する仕事で、無事に大役を果たすことができました。そういったさまざまな思いが沸き起こり、まさに感動の一瞬でした。