

プロフェッショナル採用
運転士
岡山運転区 運転士 J.Goto 2000年 入社
Career Step
- 2000年大阪支社 新大阪駅 運輸管理係
- 2001年岡山支社 岡山車掌区 車掌
- 2004年岡山支社 糸崎乗務員センター 運転士
- 2008年岡山支社 岡山運転区 運転士
ある日訪れた「理想の停車」。
プレッシャーから解放され、仕事への姿勢が前向きに
運転士として勤務

運転士になってから約1年。電車を運転すること自体は好きでしたが、安全安定輸送を最前線で担うという仕事にプレッシャーを感じていたことも事実です。重圧を感じれば感じるほど、思ったような運転ができず、気持ちは後ろ向きに。「私には運転士の仕事は向いていないのかも」と思うこともありました。ところが、山陽本線・大門駅で列車を停車させた時のことです。ブレーキ操作が驚くほどスムーズに決まり、自分でも惚れ惚れするような理想の停車ができたのです。「なぜ急にできたのか」と言葉で説明するのは難しいですが、強張っていた力が抜け、車両と自分の感覚が一つになったような不思議な体験でした。 その瞬間、心の底から「運転が楽しい!」という感情が湧き上がってきたのです。それ以来、仕事の景色ががらりと変わりました。「失敗しないように」と縮こまっていた意識が、「もっと良い運転がしたい」という前向きな意欲へと変わり、日々の振り返りや工夫の質も一段と深まりました。その結果としてうまく運転できると、さらに楽しくなり、いつの間にか、「私は運転士に向いているかも」と思うようになっていました。ある時、その実感を恐る恐る先輩に打ち明けてみると、先輩は笑ってこう言いました。 「今ごろ気づいたの?」
どうやら先輩たちは、私が悩みもがいていた時期から、私に運転士としての素養があることを見抜き、慌てることなく見守ってくれていたのです。周囲の温かさのおかげで苦しい時期を乗り越え、今の私へとたどり着くことができました。

成長を支えたもの
一つは、運転士としての適性に悩み、立ち止まりそうになっていた時に先輩がかけてくれた、「この仕事に向いているよ」という言葉です。その一言が、暗闇を照らす光のように私の不安を拭い去り、「この道でいいんだ」という確かな自信と安心をくれました。もう一つは、キャリアの岐路に立っていた時のことです。運転士を続けるか、裏方として組織を支える側に回るか。悩み抜いた末に「運転士を続けたい」と伝えた私に、上司は「じゃあ、そのための努力をこれからも続けていこう」と微笑んでくれました。「どちらの道を選んでも、全力で応援するよ」――。そんな上司の温かな想いが、言葉の端々からひしひしと伝わってきました。あの時の心強さが原動力となり、今も飽くなき知識の習得や、技術の向上に真っ直ぐ取り組むことができています。

多彩な場所と、多彩な車両。
自分の幅を広げたい!
岡山運転区へ異動

岡山運転区への異動に伴い、それまでの山陽本線に加えて伯備線や瀬戸大橋線など、担当する線区が広がりました。新しい担当エリアでは、それまでに運転したことのない種類の車両も走っています。電車だけでなく気動車や機関車も走っています。それらを見るにつけ、「私も運転したい!仕事の幅を広げたい!」という思いが募りました。このときありがたかったのが、先輩たちの存在です。気動車は、電車とはブレーキの掛け方などが異なります。どんな違いがあって、どのように扱うとスムーズに停車できるのかなど、私の興味に対して先輩方は詳しく答えてくれました。そして、「免許の取得に挑戦してごらんよ」と応援してくれました。
同じ時期に、社内の研修制度で運転士以外の職種の方と関わる機会を多く持ちました。ある研修ではさまざまな部門の若手社員が集まり、それぞれの仕事の内容ややりがいを語り合いました。企業を訪問し、鉄道とは異なる仕事について話を聞かせてもらったこともあります。岡山支社内で行われた「間接研修」では、営業部門や輸送部門、企画担当の部署など、他部署に行って実際に仕事を経験しました。これらの機会を通して、知識やスキルなど、自分の幅を広げていくことの楽しさを知りました。また、視野が広がれば広がるほど、運転という自分の役割をしっかりと果たすことの大切さを実感しました。

私の地域への取り組み
瑞風の運行時、駅や沿線に集まって温かく手を振ってくださる地域の皆さんの姿を見るたび、この仕事が街の期待を背負っていることを強く実感し、胸が熱くなります。岡山支社エリアでは「瀬戸内国際芸術祭」などのアートイベントも盛んですが、そこへ向かう高揚感に包まれたお客様をお運びしている時間は、私にとっても特別なひとときです。「地域のイベントや賑わいを、運転士として足元から支えている」。 そんな誇りが、私なりの地域貢献の形だと思っています。私はもともと電車が好きでしたし、運転が好きです。当社は事業や仕事の幅が非常に広いので、運転業務に限らず、誰もが自分の好きや得意を活かして地域に貢献できるのが魅力的なところです。

女性気動車運転士第1号に。
「瑞風」への道を開く
気動車に挑戦

岡山運転区に異動して以来、気動車の運転にはずっと興味がありました。しかし当時は、気動車車庫の仮眠施設が男性用しかなく、女性の乗務は想定されていませんでした。
新たな施設をゼロから作ることの大変さも理解していたため、当時の私は「こればかりは、どうしようもないことだ」と自分に言い聞かせ、半分あきらめていました。
ですが、同年代の男性運転士が次々と免許を取る様子を見ては、抑えきれない羨ましさも感じていました。
そんなある日、女性用施設の設置が決まり、女性も気動車を運転できるという知らせが届きました。あの時の驚きと嬉しさは忘れられません。職場の皆さんも「研修に行っておいで」と温かく背中を押してくれました。ただ、いざ道が開かれるとプレッシャーも感じました。私のために設備を整え、道を開いてくれた会社や周囲の期待を思うと、「決して失敗するわけにはいかない」と強く身が引き締まる思いでした。約半年間の研修は、慣れない座学に四苦八苦する毎日でしたが、なんとか岡山支社初の女性気動車運転士になることができました。現在では、検測車「DEC」や、運行開始時から携わっている「瑞風」の運転も任せていただいています。あの時、諦めずに手を挙げ、気動車の免許を取ったことが、私のキャリアを大きく広げるターニングポイントとなりました。

*掲載されている内容は取材当時のものです。
