Blue Signal
November 2005 vol.103 
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大阪駅進化論
天守閣探訪
特集[神人和楽[しんじんわらく]の饗宴−神楽] 宮中の御神楽[みかぐら]と民衆の里神楽[さとかぐら]
絢爛の装束、華麗な舞で魅了する芸北神楽
比婆荒神神楽[ひばこうじん]は、中世から受け継ぐ農村の心
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この日の公演は美土里町・桑田八幡神社を母体とする「桑田天使神楽団」。演目は新舞の『鈴鹿山』。胴取り(大太鼓打ち)を中心とした奏楽が舞をリードしながら、能舞が佳境に入っていく。
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広島県の北東部、芸北地方は特に神楽の盛んな地域で、神楽への熱気は全国でも指折り。一町一村にいくつもの神楽団があり、神楽の発表会や競演会が開かれている。

その地のひとつ、安芸高田市の美土里[みどり]町には、里を見下ろす小高い山の上に常設の神楽殿を持つ3,000人収容の「神楽ドーム」があり、「神楽門前湯治村」と銘打って、神楽と温泉を名物に町おこしを行っている。町内には13の神楽団があり、なかには小中学生の子ども神楽団をかかえる神楽団もある。ドームの入り口には、各神楽団の幟が立ち並び風にはためいていた。ここでは4月から11月までのほぼ毎日曜、祝日に神楽が公演され、会場に集う人らは笛・太鼓のお囃子を聞くと「わくわくする」といい、若い男女の姿も少なくない。神楽団の舞手は憧れの存在であり、なかには神楽団の“追っかけ”をする女性もいる。神楽人気は想像以上だ。

横田神楽団を率いる団長の久保良雄さんは「生まれた時から神楽の鉦、太鼓のリズムが身体中にしみ込んでいます」と話してくれた。横田神楽団は町内で歴史的に最も古く、神楽の技も一番と言われる実力派。団員は現在2人の高校生を含めて21人、運営は横田村の八幡神社275戸の氏子の浄財で支えられている。

「好き嫌い関係なく、神楽を演じることが当然の風土で、小さい頃から厳しく習わされました」という久保さんは、美土里神楽の起こりを教えてくれた。系譜は出雲流神楽に属し、石見神楽、高千穂神楽、備中神楽の影響を受けながら、この地の農耕信仰と相まって「江戸時代に起こった」という。町内の川角山八幡神社[かわすみやまはちまんじんじゃ]には、1715(正徳5)年8月15日に、神職が八幡神社の境内で「御八注連[おやしめ]」の舞を奉納したという記録が残り、これが今日に受け継がれる美土里神楽の起源だ。「横田神楽団も江戸時代の終わり頃には神楽を奉納しているんですよ」と笑顔で話す久保さん。

美土里神楽は「大衆的でのびのびしていて、娯楽的演劇性が強い」のが特徴で、神の降臨を願うのに必要な儀式を神楽に仕立てた「儀式舞」と、神話や伝説、物語を歌舞音曲に合わせて神前に供する「能舞」からなる。さらに第2次世界大戦後に旧舞と新舞とに分かれた。神楽の本質はどちらも差異はないが、六調子の旧舞に対して新舞は八調子で、演出も演奏もテンポが速くリズミカル。舞手の装束も絢爛豪華である。昭和20年代に石見大元[いわみおおもと]神楽に演劇や舞踏的な演出を加えた新舞が美土里町で創作され、しだいに芸北の近隣に広がり神楽団の数も神楽の観客も増え、今日に至っている。

演目は儀式舞、能舞を合わせて30前後の演目がある。なかでも儀式舞の「胴の口あけ(胴とは囃子方で舞のない奏楽)」「神降ろし」「神迎え」「八幡」「岩戸開き」を五神祇[ごじんぎ]と尊び、どの神楽団も最も大切にし神聖視している。しかし人気が高いのは娯楽性の高い「能舞」の演目だ。八岐大蛇を須佐之男命[すさのおのみこと]が退治する「大蛇」では、きらびやかな装束や、大蛇との迫力ある闘いのシーンに観る者は惹きつけられる。また、大江山に棲む鬼・酒呑童子を源頼光が退治する「大江山」、信濃国の戸隠山に棲む鬼女を平維茂[たいらのこれもち]主従が征伐する「紅葉狩」などは、囃子に合わせた軽業のような華麗な舞、凄い形相をした鬼との絡みが圧巻で、観る者をまったく退屈させない。

実際に目の当たりにしてはじめて体感する神楽の魅力があった。大人も子どもも神楽に夢中になる理由がよく分かる。今では年に一度、神楽ドームで「神楽の甲子園」とも呼ばれる「ひろしま神楽グランプリ」が秋に開催されるほどの人気だが、久保さんは冷静に語る。「大切なのは神楽を通じて、土地の風土と共生し、地域の連帯、互いに助け合う社会を守っていくことです」と。共生は神人和楽の心である。
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美土里町の神楽は、各神楽団で独自の演出がなされ、観る者を飽きさせない。写真の演目は『戻り橋』。老婆から鬼女に正体を現す場面ではスモークがたかれ、幻想的な演出がなされる。
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八調子の新舞はテンポが速く、舞も回転が多く取り入れられる。道化の舞などもあり、激しい動きの多い能舞が演目の中心となる。写真は『鈴鹿山』の一場面。田村麻呂と鬼たちが、所狭しと高速で回転しながら立ち回る。
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美土里町の「神楽ドーム」。4月から11月までのほぼ毎日曜・祝日は神楽の定期公演が催される。
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神楽ドームの入り口に立つ各神楽団の幟。中からは太鼓や鉦のリズムが聞こえ、入り口をくぐる前から身体が反応する。
絢爛の装束、華麗な舞で魅了する芸北神楽
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本番前の楽屋風景。舞台化粧をし、舞衣裳を着けるごとに役に入っていく。
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横田地区の氏神「横田八幡神社」。左奥の家屋が神楽の舞台である神殿[こうどの]。秋祭にはここで神楽が奉じられる。
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美土里町神楽連合会会長・横田神楽団団長の久保良雄さん。横田神楽団は美土里町の神楽団のなかでも伝統的な神楽を得意とする。「観客を楽しませるより、観客を惹きつける神楽を」というのが信条。
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横田神楽団の子ども神楽。この日は年一回の発表会。演じるのも子どもなら、囃子方も子どもたち。大人顔負けの神楽に会場がどよめく。
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明治期後期の「茨木童子」の鬼面
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