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瀬戸内海に沿って走る観光列車「etSETOra(エトセトラ)」。写真奥に見えるのは、生口島(広島県)と大三島(愛媛県)を結ぶ「しまなみ海道」の多々羅大橋。(安芸幸崎駅〜忠海駅)
呉線は広島県の三原駅から海田市[かいたいち]駅を結ぶ路線。今回は、三原駅から呉駅までの約67kmを走り、瀬戸内海の多島美を車窓に、造船の港湾都市をめざした。
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呉市の野呂山にあるかぶと岩展望台からの眺望。安芸灘大橋や蒲刈(かまがり)大橋で結ばれた下蒲刈島など「安芸灘とびしま海道」の絶景が望める。
抜けるような青空の下、穏やかな海を陽光が照らしてキラキラと輝いている。呉線の魅力は紺碧の海原と無数に浮かぶ島々のコントラストが楽しめることだ。その景勝美を眺めながら、列車は瀬戸内海の沿岸部を走る。
今回の旅の起点は、三原駅。駅と接する三原城跡には天守台の石垣などの一部が残る。かつての三原城は本丸などの曲輪[くるわ]や、櫓[やぐら]が32、城門が14を数えるほどの大きな規模を誇った。
三原はマダコの産地で知られ、江戸時代よりタコ漁が盛んな地域だ。三原のタコの特徴は足が短く、太い。三原の海域は潮の流れが早く、タコは流されないよう岩場に足をはりつけて踏んばるという。そのため身が引き締まり、抜群の歯ごたえになるそうだ。
三原駅を出発した列車は山陽本線を離れて沼田川を渡り、筆影山[ふでかげやま]の裾野を南下すると須波[すなみ]駅だ。海沿いに鎮座する須波稲荷神社は、満潮時には朱色の鳥居が海に浮かぶ日の出の絶景スポット。この辺りから列車はビューポイントにさしかかる。小佐木島[こさぎじま]や佐木島[さぎしま]など大小の島々を車窓に、列車はやがて進路を西に変える。横たわる生口島[いくちじま]と大三島[おおみしま]を結ぶのは、「しまなみ海道」の多々羅[たたら]大橋だ。凪いだ海に浮かぶ多島美の風景は絵葉書のようで、橋梁や往来する船もまた車窓に彩りをもたせる。
三原城跡の天守台の石垣。戦国武将毛利元就の三男、小早川隆景が築いた。
瀬戸内でも有数のマダコの産地で知られる三原(お食事処 蔵)のタコ刺し。
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満潮時には海に浮かんで見える須波稲荷神社の鳥居。朝焼けの絶景スポットとしても知られる。
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大久野島への玄関口となる忠海港。ピンク色の客船が就航する。
忠海[ただのうみ]駅近くの忠海港にはピンク色の客船が停泊している。行き先の大久野島[おおくのしま]は、数百羽のうさぎが生息し「うさぎ島」とも呼ばれる。周囲4.3kmの小さな島は「瀬戸内海国立公園」に指定され、今では国内に限らず海外からも多くの観光客が訪れている。
三原駅から約40分で竹原駅に到着。竹原は平安時代に京都の下鴨神社の荘園として栄え、「安芸の小京都」と称された。竹原の地名については諸説あるが、周囲の山々に自生する豊富な竹に由来するといわれる。近年はその竹を活用し、竹原の特産品として竹細工の普及に尽力している。


塩と酒で財を成した豪商の町並みと、特産品の竹細工
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「たけはら町並み保存地区」には、塩田と酒造で隆盛を極めた重厚な木造家屋が軒を連ねている。
竹原は、江戸時代に北前船で栄華を極めた「塩」と「酒」の町だ。かつての隆盛を現在に残した「たけはら町並み保存地区」は、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定され、豪商の屋敷や商家が残る。そのエリアに工房を構えるのが、「竹原まちなみ竹工房」。現在約100名の職人が在籍し、ここを拠点に竹かごや風車など竹細工の製作販売を実施し、竹原の特産品としての魅力を発信している。
竹原市竹工芸振興協会が営む「竹原まちなみ竹工房」。竹かごなどの竹細工を制作する「竹細工体験」も行われている。
竹原市竹工芸振興協会 会長の有田博行さん。昭和後期に職業訓練校が発足。その一環で竹細工が始まったという。

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標高737mの灰ヶ峰展望台から望んだ呉市街地の夕景。街の灯りが宝石のように輝く呉市の絶景スポット。
列車はさらに西に走り、やがて安芸津[あきつ]駅に到着する。駅より南の安芸津港から、フェリーで瀬戸内海に浮かぶ大崎上島[おおさきかみじま]をめざした。フェリーは三津湾からエンジン音とともに風を切りながら南に航路をとれば、周囲の島々を背景に無数のカキ筏[いかだ]が間近に見えてくる。三津湾は瀬戸内海でも屈指の透明度を誇り、全国有数のカキ養殖の漁場で知られる。約30分の航海の後、前方に巨大なクレーンが見えると、まもなく大崎上島の大西港だ。
大崎上島は九州太宰府と京を結ぶ瀬戸内航路の中央に位置し、かつては風待ち潮待ちの島として繁栄した。現在は造船業や農業が盛んで、ミカンやレモンなどの開花時期の島は甘い香りに包まれるそうだ。島の南端部に位置する中ノ鼻灯台から見る夕景は、静寂に包まれて情緒的で、灯台を頼りに行き交う船が一つの風景画のように溶け込んでいる。


瀬戸内海に浮かぶ造船の島
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大崎上島の中ノ鼻灯台。1894(明治27)年に建造された白亜の灯台は現在も現役で、瀬戸内海の航海の安全に貢献している。
大崎上島は瀬戸内海のほぼ中央に浮かぶ島で、対岸の五つの港(安芸津港、竹原港、小長港、宗方港、今治港)を航行する寄港地の一つ。大崎上島の南東側の木江[きのえ]港は、かつて風待ち潮待ちの港として栄え、北前船の寄港によってさまざまな文物がもたらされたという。また、木江地区では造船業が盛んで、古くから操業していた。その造船技術は木江地区の木造建築にも生かされたという。
フェリーから望む大崎上島の大西港。多くの人が本土から島への通勤通学に利用する。
大崎上島の高台からの眺望。造船所にはクレーンが立ち並び、その奥が風待ち潮待ちの木江港。現在も大崎上島は造船業が盛んだ。

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三津湾に浮かぶカキ筏の風景。三津湾は塩分濃度の高さが特徴で、三津湾のカキは身が引き締まり味も濃く、口の中には旨みや甘みが広がる。古くより真珠養殖も行われている。
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呉の「歴史の見える丘」より望む造船所の風景。戦艦「大和」が建造されたドックの上屋を眺めることができる。
呉市街地の蔵本通りに続く屋台。10軒以上の屋台が並び、夕暮れ時になると地元の人や観光客で賑わう。
蔵本通りで最も古くから営業している「屋台かさ」。2代目主人である坂本博史さんは、「昭和の賑やかな頃は、今より多くの店が並んでいたよ」と話す。
安芸津駅に戻り、再び列車に乗車。安芸川尻駅を過ぎると、安芸灘諸島への玄関口となる安芸灘大橋が見える。後方に望む野呂山からは「安芸灘とびしま海道」の絶景が広がる。列車は黒瀬川を渡り、長いトンネルを抜けるとまもなく呉駅だ。
呉は、かつて東洋一と呼ばれた軍港都市だった。戦後は、世界最大のタンカー建造をはじめ瀬戸内海有数の工業都市として発展した。駅から南の呉港エリアには、海上自衛隊の護衛艦や潜水艦が停泊し、日本の近代化を物語る瀟洒なレンガ造りの建物が点在している。リニューアルされた「大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館)」は、ひときわ話題を集め多くの来場者で賑わっている。
市街地の北側の灰ヶ峰展望台から眼下を眺めると、すり鉢状の地形に開かれた呉の街の全貌が見渡せる。中でも夜景は圧巻で、街の灯りが宝石のように煌めいている。また、街中には観光スポットの一つに赤提灯の一角がある。蔵本通りには現在10軒以上が屋台を構え、通りにまで賑やかな声が聞こえてくる。屋台はラーメンやおでん、焼き鳥などさまざまで、最盛期には30軒もの屋台で賑わったそうだ。
瀬戸内海の多島美の絶景を満喫し、日本の近代化遺産や造船などの海洋工業技術に触れる旅であった。


リニューアルでさらに魅力アップした大和ミュージアム
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1階の「大和ひろば」に展示される、戦艦「大和」を1/10サイズ(全長26.3m)で再現した勇姿は圧巻。今回のリニューアルでは、設計図や当時の写真、潜水調査水中映像などをもとに詳細に再現された。
「日本一の海軍工廠[こうしょう]のまち」であった呉には、日本の近代化を支えた遺構が数多く残されている。「大和ミュージアム」には、戦艦「大和」の巨大な模型をはじめ、零戦などの実物を展示。大幅にリニューアルされた3階フロアには、船舶用の大型エンジンなどが展示され、興味の尽きない空間に仕上がっている。
日本遺産に認定された公園「アレイからすこじま」では、潜水艦を間近に見ることができる。
大和ミュージアムの周辺では、海上自衛隊呉史料館(てつのくじら館)や、潜水調査船「しんかい HU-06」を間近に見ることができる。
「大和ミュージアム」統括責任者の佐藤晃司さんは、「ゴールデンウィークまでで約11万4千人の方々が来られました。実際に触って学べる体験型展示が多く、楽しんでいただけると思います」と話す。




























