陶芸の里を巡る 九谷焼

「九谷五彩」の色絵の具すべてで絵付けされた古九谷。「五彩手」とも呼ばれる。(写真提供:石川県九谷焼美術館)

山中温泉の山麓にある旧九谷村の古九谷窯跡。昭和時代の発掘調査により、全容が明らかになった。国の史跡に指定されている。(写真提供:石川県九谷焼美術館/現在、石碑は撤去されています。)

 石川県南部に位置する加賀市山中温泉九谷町は、九谷焼発祥の地だ。九谷焼の歴史は諸説あるが、360年以上前に遡る。加賀百万石の前田家の支藩である大聖寺[だいしょうじ]藩領の九谷村で陶石が発見されたのを機に窯が築かれ、磁器の生産が始まった。江戸時代前期に作られた九谷焼は「古九谷[こくたに]」と呼ばれ、芸術家や有識者から最高峰の芸術品として高く評価されている。古九谷は50年ほどで廃絶したが、その約100年後には加賀藩の奨励により金沢や小松で磁器生産が再興される。その中でも「吉田屋窯[よしだやがま]」は、大聖寺藩の豪商によって最初に九谷村の古九谷窯の隣に築かれ、その後、温泉地である山代に移るが、吉田屋窯で焼かれた九谷焼は、古九谷に迫る高い芸術性と品質を誇った。

 九谷焼の特徴は、華やかな上絵付けだ。「九谷五彩[くたにごさい]」と呼ばれる「赤、黄、緑、紫、紺青」の色彩が、白磁にあしらわれた色絵装飾を引き立てる。色彩の調和は見事で、他にも「緑、黄、紫、紺青」を使用した青手古九谷がある。

 「九谷焼」は、1975(昭和50)年に伝統工芸品に認定された。

人間国宝の吉田美統(よしたみのり)の九谷焼。金箔の薄箔、厚箔を用い、遠近感を出す「釉裏金彩」(ゆうりきんさい)と呼ばれる技術が施されている。(写真提供:石川県九谷焼美術館)

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