エッセイ 出会いの旅

はやみねかおる

三重県生まれ。『怪盗道化師』で第30回講談社児童文学新人賞に入選し、同作品でデビュー。主な作品に「名探偵夢水清志郎」シリーズ、「都会のトム&ソーヤ」シリーズ、「怪盗クイーン」シリーズ、「虹北恭助」シリーズ、『ぼくと未来屋の夏』『恐竜がくれた夏休み』『復活!! 虹北学園文芸部』『令夢の世界はスリップする 赤い夢へようこそ-前奏曲-』(いずれも講談社)、『めんどくさがりなきみのための文章教室』(飛鳥新社)、「ルーム」シリーズ(朝日新聞出版社)などがある。2023年、第61回野間児童文芸賞特別賞受賞。

「パレードする『コロンブスの卵』」

 どうも、はやみねかおるです。

 児童向け推理小説書きを生業にしていますが、以前は小学校の先生をしていました。

 これは、四半世紀以上昔ーー大阪人権博物館へ出張したときの思い出話です。

 当時、同和教育推進教員をしていました。

 町内には、小中学校と保育園に所属する同和教育担当の先生が集まる会があり、ぼくは副会長兼会計の仕事もしてました。

 その会では、様々な研修や事業を行っていました。中でも重要な研修が、大阪人権博物館の視察です。

 ぼくは、人権感覚は、柔らかい針金のようなものだと思っています。放っておくと、すぐに曲がってしまいます。時々でも、きちんとした定規を当ててまっすぐに伸ばす必要があります。大阪人権博物館には、そのための、たくさんの定規があります。

 ただ、遠いので、移動方法は電車がメインになります。

 先生方を連れて行く前に、下見をしないといけません。なにせ十人近い先生を連れて行くのです。乗り換えは少ない方が良いし、乗車時間は余裕を持って設定する必要があります。

 そこで考えたルートは、朝、自動車で松阪駅まで行く。そこから近鉄で鶴橋駅までーー。鶴橋駅でJR大阪環状線に乗り換えて弁天町駅に到着。大阪人権博物館までは、徒歩。

 地図上では、完璧です。ここまで計画して、下見に臨みました。

 まず、松阪駅までの自動車。思ったより朝の通勤ラッシュはひどく、予想以上に時間が掛かることがわかりました。

 次に、近鉄。学生時代から梅田の紀伊國屋書店に行っていたので、大阪方面へ行くのは慣れています。

 問題は、鶴橋駅での乗り換え。鶴橋駅は、利用したことが無かったのです。

 よくわからないまま、近鉄を降り、JR環状線のホームに向かいました。

 よくわからないまま弁天町までの切符を買い、自動改札機に入れました。

 すると、バタンとゲートが閉まり、警報音。

 もう、パニックです!

 ーー落ち着け! 切符は買ったんだ! 無賃乗車じゃない!

 必死で自分に言い聞かせました。

 駅員さんがやってきて、パニックを起こしてるぼくに、優しく言ってくれました。
「近鉄の切符と、二枚重ねて入れてくださいね」

 ーー二枚重ねる!

 自動改札機に慣れていないぼくにとって、“切符を二枚重ねて入れる”という行為は、うどんとラーメンを同じ鍋で作るのと同じように思えました。

 ーーそんなことが許されるのか?

 心配になりましたが、駅員さんは、二枚の切符を笑顔で渡してくれます。
「……」

 切符を重ねたまま恐る恐る自動改札機に入れると、ゲートが開きました。頭の中で『コロンブスの卵』という言葉が、紙吹雪の舞う中をパレードします。

 もし、下見をしなかったら、ほぼ全員の先生が自動改札機のところで立ち往生したことでしょう。

 帰ってから作った行程表には、『松阪駅までは渋滞有り』と『鶴橋駅での乗り換えは、切符を二枚重ねて入れる』を赤字で書きました。

 当日はたいした渋滞も起こらず、乗車時刻のかなり前に、松阪駅に着くことができました。先生たちの「もっとゆっくり出発してもよかったんじゃないか?」という声を、聞こえなかったふりをしたのを覚えています。

 そして、鶴橋駅で降車。真っ先に券売機へ走り、人数分の切符を買いました。それを配りながら、「重ねて入れてくださいね」と念を押しました。それでも、ゲートに通せんぼされた先生が二人いたのを覚えています。

 視察を終えて、勉強になったという先生たちに、レポートの提出期限を厳守するように伝えて、ぼくの肩の荷は下りました。

 その後、専業作家になりーー。

 関西方面のイベントがあるときは、鶴橋駅でJR環状線に乗り換えます。そのとき、一緒に来ている奥さんに「切符は二枚重ねて入れるんだよ」と得意気に話すのが定番になってました。さすがに最近は、「知ってる!」とうるさがられますが……。

 あっ、今はICカードを使うのでしょうか? それなら、また『コロンブスの卵』がパレートする経験ができるかもしれません。

ページトップに戻る
ローカルナビゲーションをとばしてフッターへ