岡山三大河川の一つ、旭川の橋梁を渡る観光列車「SAKU美 SAKU楽」。(建部駅〜福渡駅)
岡山と津山という2つの城下町をつなぐ津山線は、旭川の清流を車窓から眺めつつ17駅の路線を行く。岡山駅からディーゼル列車で、ゆったりと津山駅をめざした。
再整備が進む岡山駅の東口駅前広場。駅前にはホテルや百貨店、商業施設などが立ち並ぶ。
岡山駅西口のコンコースは、西側地区への通路デッキが整備され、利便性が向上している。
岡山駅は新幹線をはじめ、多くの在来線が乗り入れるターミナル駅だ。駅のコンコースはリニューアルされ、土産物ショップなどが入り広々としている。駅周辺には、岡山城や岡山後楽園などの見所があり、見学した後に、岡山駅9番ホーム発の津山行き列車に乗車した。
津山線は、岡山駅と津山駅を結ぶ約58.7kmの路線。普通列車なら約1時間30分、快速「ことぶき」なら約1時間の乗車時間だ。通勤や通学の利用が多く、車内には地元の言葉が行き交い、ほのぼのとした雰囲気で溢れている。
津山線では今年の11月までの期間限定で、土・日・祝日に観光列車「SAKU美[さくび] SAKU楽[さくら]」が運行している。ピンクのラッピングが鮮やかなこの観光列車の名称は、全国500件以上の応募から選ばれた。
2両編成のディーゼル車両が、ゆっくりとホームを離れていく。しばらくは市街地の風景が続くが、備前原[びぜんはら]駅を過ぎれば周辺の緑の色も濃くなり、田園風景が広がってくる。右手には、岡山三大河川の一つ旭川が間近に迫る。津山線は、ここから先はしばらく蛇行する旭川に沿って走る。やがて列車は赤瓦屋根の玉柏[たまがし]駅に到着。この駅を過ぎれば、なだらかな山々が行く手に迫ってくる。
一つ目のトンネルを抜けると眼下に旭川の眺めが広がった。清らかな流れが、現れては過ぎ去っていく。ディーゼルの響きが変わり、列車がさらに上り斜面に差しかかったことが分かる。車窓はすっかり里山の風景だ。
列車は木造瓦葺の建部[たけべ]駅に到着。この駅は国の登録有形文化財で、映画『カンゾー先生』のロケ地となった。建部駅を過ぎると列車は、雄大な旭川の流れを見下ろす旭川橋梁を渡り、福渡[ふくわたり]駅に到着した。
建部駅の駅舎とホーム。1998年公開の映画『カンゾー先生』では、今村昌平監督がこの駅舎を気に入り、ロケに使った。
縁起の良い数々の駅名と招き猫が、福を呼び込む路線
津山線には縁起の良い名前の駅が多い。赤瓦を載せた木造やモダンな建築、寺院風の風格ある造りなど駅の面持ちはさまざまだが、共通するのは駅名がめでたいこと。また、備前原駅と玉柏駅の中ほどの山側には、福を呼び込む招き猫を収集した「招き猫美術館」がある。これらの縁起の良い駅やパワースポットをつないで走る津山線の快速列車には、「ことぶき」の愛称がつけられた。
縁起が良い名前の駅三選。このほかにも誕生寺(たんじょうじ)駅、亀甲(かめのこう)駅とめでたい名前が沿線に並ぶ。
福渡駅を過ぎると列車は旭川と別れ、支流となる誕生寺川に沿って北上する。黒瓦の風格ある寺院風佇まいの神目[こうめ]駅を過ぎ、誕生寺駅に到着。駅のほど近くには、駅名ともなった「誕生寺」がある。浄土宗の開祖である法然上人[ほうねんしょうにん]生誕のこの地に建立された。また、誕生寺近くにある「時切[とききり]稲荷神社」は、地元で「とっきりさま」として親しまれているパワースポットだ。
さらに列車は低山に囲まれた田園の中を走る。西側の山中には、日本の棚田百選に選ばれた絶景美が広がっている。厳しい狭小な谷間に段々式の水田を作って生活をつないできた先人たちの努力が、その景観に偲ばれる。
小原[おばら]駅の次に停車した亀甲[かめのこう]駅は、亀の甲羅型の屋根を持ち、そこから黄色い亀の頭が飛び出しているという、かなりユニークな駅舎。駅の近くにある「亀甲岩」に因んだものだという。駅から10分ほど歩いた美咲町中央運動公園内にある「食堂かめっち。」は、名物の卵かけご飯で全国的に有名だ。
地元で育まれた米と卵で極上卵かけご飯を楽しむ
卵かけご飯に味噌汁、漬物などがついて550円とお得な「黄福定食」が定番。おかわりは卵付きで何杯でも無料。
「美咲町特産の食材で、ぜひこの町を楽しんでください」と語る店長代理の竹内さん(右)とスタッフの高原さん。
美咲町と久米南町の山々の谷あいには、日本の棚田百選にも選ばれた独特の田園風景が広がる。ここの「棚田米」は、山からの雪解け水や雨水を水田に引いて栽培されたものだ。昼夜の温暖差のおかげで、ひきしまった食感と豊かな風味の米が育まれる。
亀甲駅の西側にある美咲町中央運動公園内に「食堂かめっち。」がある。美咲町内の養鶏所から直送された新鮮な卵を、地元の棚田で栽培されたご飯にかけて食べる「卵かけご飯」で全国的に有名なお店だ。
「食堂かめっち。」特製の「卵かけごはんしょうゆ」と「しょうゆ胡麻」。卵かけの旨味が一層引き立つ。
列車はさらに北上して佐良山[さらやま]駅、津山口駅を過ぎれば、終点津山駅に到着。津山駅はこの津山線に加え、因美[いんび]線や姫新[きしん]線が乗り入れる鉄道の要所だ。列車がホームに入る手前右手には、かつて気動車の仕業や臨時点検を行った「旧津山扇形機関車庫」を見ることができる。現在、この施設は「津山まなびの鉄道館」として一般に公開されている。
列車と別れて津山駅で降車。津山市は岡山県内で第3規模の都市であり、県北では最大の都市だ。9月28日から11月24日まで、津山市を含めた岡山県北部地域では、現代アートという切り口で、地域活性化プロジェクト「森の芸術祭 晴れの国・岡山」が催される。
津山線ディーゼル車両の歴史を感じ、鉄道を学ぶ
津山の町並みを再現した「まちなみルーム」。
「鉄道ファンはもちろん、子どもたちも大満足されます」と支配人の高田宜嗣さん。定期的にイベントも開催され、全国から鉄道ファンが訪れるという。
「津山まなびの鉄道館」の扇形機関車庫には、D51形蒸気機関車や新旧さまざまなディーゼル機関車の実物が並ぶ。中でも「DE50形ディーゼル機関車」は、この鉄道館に保存されているたった1両という希少なもの。また、この扇形機関車庫は車両の点検・整備倉庫として現在も活用されている。
館内には鉄道の歴史や鉄道、駅の仕組みを学べる展示ルームがある。貴重な鉄道関連機器、津山の町を再現したジオラマを走る鉄道模型が楽しめる施設など、見どころが盛りだくさんだ。
駅の北側には、岡山三大河川の一つである吉井川が滔々[とうとう]と流れている。川に架かる今津屋橋を渡り、津山城へと続く城下町の風景を楽しみながら歩く。津山城は織田信長の近習として知られる森蘭丸[もりらんまる]の弟、森忠政が築いた城だ。本丸南西隅の備中櫓[びっちゅうやぐら]の白壁が、津山の城下を見下ろしていた。
雄大な河川と豊かな緑、日本の原風景ともいえる山間部の棚田や田園風景。津山線の沿線は、都心部とつながりながらも地元文化と歴史を感じる、悠久の風景に満ちていた。