現存する「最古の登窯」は2015(平成27)年に大修復され復興した。この登窯は現在も現役で、「丹波焼の里 春ものがたり」の行事の一つとして焼かれている。横穴から激しく吹き出す黄金色の火炎。陶工はこの火炎を巧みに操り、焼成する。3昼夜にも及ぶ窯焚きは大変な労力だ。

特集 丹波立杭、八百年の古窯の手業 〈兵庫県丹波篠山市〉 丹波焼

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窯元約60軒、それぞれの丹波焼

 「兵庫陶芸美術館」の小高い展望デッキから四斗谷川を挟んで見渡す立杭地区の集落は箱庭のようだ。山の緑に包まれた家々が川沿いに細長く続いている。西側の和田寺山の斜面に家々が集中しているのは「一説では、朝日の出が早く、日当たりが良く、家の近くに登窯を築きやすかったからです」。そう話すのは大熊窯[おおくまがま]の大上巧[おおがみたくみ]さんだ。

 今の窯は川のすぐ際にある。「何代か不明なくらい」代々の窯元で、四反の田を営みながら、古い窯元の大抵がそうであるように、「どこも半農半陶の暮らしだった」という。兵庫県工芸美術作家協会の理事長も務める大上さんは丹波焼を引っ張る陶芸家の一人で、その作風は古丹波を彷彿とさせる。「古丹波はいいですね。飽きないですよ」。

 大上さんによると、上下の立杭地区合わせて窯元は約60軒で130人前後が陶工として焼き物に携わっている。丹波焼の魅力を尋ねると、「持ち味は焼き締めです。窯の中で土と炎がどんな景色をつくってくれるか。窯出しの時はいつもワクワクです」。丹波焼の土は鉄分が多く、松薪を使う高温の登窯で焼くと、鉄のように硬く焼き締まる。

大熊窯の大上巧さんのロクロ仕事。身に付いた手先が自然に形を作り上げる。そんな大上さんの作風は古丹波に通じる深い味わいがある。

大熊窯の登窯の前で、「やっぱり薪で焼き上げるのが一番です。でも労力もコストもかかり大変なんです」と語る大上さん。登窯で焼くのは1年に一度くらいだそうだ。

大熊窯のギャラリー。登窯で焼き締めた伝統的な作品から、ガス窯で焼いた作品まで多彩な作品が展示してある。休日には陶芸ファンで賑わう。

大上さんと陶芸家の二人の娘さん。伊代さん(写真中央)がつくるのは、妖怪などをモチーフにした「おどろかわいい」人形作品。

 その土の肌に薪の灰などが降り注いで、独特の味わいが生まれる。その偶然の趣が、備前焼と同様に丹波焼の一つの見どころになっている。窯元の多くが登窯を備えているが、その維持と管理は容易ではない。窯焚きには薪束[まきたば]、数百束を要して3昼夜、労力とコストがかかるため、大量に焼くにはいいが、少量には不向きで、最近は電気窯やガス窯を使う場合が多い。

 むろん、焼き締めだけが丹波の伝統ではない。丹波七化けの由来のごとく、それぞれの窯元が、それぞれの丹波焼を競っている。大上さんの二人の娘さんも陶工だが、姉の伊代さんの作風は丹波焼の伝統から離れたような現代的な作品。若手の女流陶芸家として注目されている。「丹波焼の家に育ち、丹波の土を使って焼いています」。紛れもなく丹波焼の血統である。

 立杭の最古の登窯に隣接する「悟窯[さとるがま]」の市野哲次さんは5代目だ。市野さんがつくる食器は都会的でモダンな作品で、NHKの番組『イッピン』にも登場した。現代的なライフスタイルに合って若い女性に人気がある。「若い頃は伝統の意味がよく分からなくて、とにかく新しいことをしようという思いだけで空回りしていましたが、伝統の中に新しいものへのヒントがあることに気づいたんです。10年かかりました」と市野さん。

「悟窯」の5代目、市野さんがつくる食器は特に女性に人気がある。そのデザインと色使いはこれまでの丹波焼とは一味違う。現代的な暮らしによく似合う。

 人気のウォーターボトルの形状は、丹波焼伝統の蝋燭徳利。そして意匠は伝統の掛け流しや釘彫りだ。市野さんは試行錯誤を繰り返し、独自の技法を見出し、彩色を施し、焼き締めのイメージとはまったく異なる新しい丹波焼の可能性を導き出した。今風のリビングにマッチした作風は、伝統を踏襲しながらも新しい丹波焼として人々に受け入れられている。

 窯元の多くは店頭での販売、また問屋などの注文で生産しているが、最近では個展などを主に作家活動を専業とする陶工も増え、一口に丹波焼といっても一括りでは語れない。茶陶を専門とする窯元もあれば、斬新な感性の丹波焼をつくる陶工や作家もいる。それこそ多様だ。窯元マップを見ながら、古窯の郷の個性を競う窯元を一軒一軒ゆっくりと巡り歩くのは実に楽しい。

 何より、ここ立杭には時間を忘れさせ、癒される穏やかな風景がある。

「悟窯」の展示室には現代生活に似合うモダンな食器類が溢れていて、多くの人が訪れる。

市野さんの斬新な意匠で人気のウォーターボトル。「この意匠や技法も丹波焼の伝統を破るのでなく、伝統を踏まえています」と市野さん。丹波焼の一つの可能性と言っていい。市野さんは次代の丹波焼を牽引する一人だ。

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