エッセイ 出会いの旅

益田ミリ

1969年大阪府生まれ。イラストレーター。日本全国をひとり旅した記録『47都道府県女ひとりで行ってみよう』(幻冬舎)がロングセラーに。名物を食べるわけでも、観光スポットを制覇するわけでもない、ただ行ってみるだけの気ままな旅のエッセイ集。他に『美しいものを見に行くツアーひとり参加』『心がほどける小さな旅』(共に幻冬舎)など。現在、朝日新聞、週刊文春、ananなどで連載中。

「旅の幹事のお楽しみ」

 昔、旅の幹事をしたことがある。わたしを含めて親戚7人。下は5歳から上は70代まで。

 幹事たるもの、みんなが楽しめるプランを考えねばならない。さて、どんな旅にしようか。

 絶対にはずせないのは温泉である。旅の天気は運次第。天候のせいで日中の観光が思うようにいかなかった場合でも、温泉があれば丸く収まるというもの。

 そういう意味では新幹線もはずせない。子供たちは、なにはなくとも新幹線。乗れるとわかっただけで大喜びするに違いない。

 温泉と新幹線は必須条件。ここからが幹事の腕の見せ所である。

 参加者の大半が関西に住んでいるので、一泊旅行にほどよい距離の中国地方に的を絞った。そして、ひらめく。

 そうだ、山口県の錦帯橋に行こう!

 確か、錦帯橋の近くに大きなホテルがあった(調べてみれば天然温泉)。そこを宿にすれば徒歩で錦帯橋が観光できるし、疲れた人はいつでも宿に戻って温泉でのんびりすることも可能である。

 さらに、近くには岩国城もある。城へはロープウェイで行くので子供たちも盛り上がるだろう。

 新幹線、温泉、錦帯橋、岩国城、ロープウェイ。老若男女が楽しめる、まさに絶好の観光地ではないか。

 当日早朝。わたしは東京からのぞみで西へと向かう。京都駅でみんなが乗車してきて、合流。そろって駅弁を食べた。駅弁もまた旅のお楽しみのひとつ。思ったとおり、子供たちは新幹線に大興奮だった。

 広島駅でこだまに乗り換え、旅の目的地、新岩国駅に到着するとホテルの送迎バスがお出迎え。

 季節は春。

 「吉野の桜も有名ですが、岩国も桜の名所なんですよ」

 運転してくれていたホテルの人が教えてくれた。窓の外に桜がちらほらと咲き始めているのが見えた。

 チェックインを済ませ、すぐに錦帯橋へ。

 「すごい! きれい! 大きい!」

 みんなが感動する様子を見て、幹事の仕事の8割くらいは終了。ホッとする。

 ところで、わたしは30代の頃に47都道府県すべてをひとり旅した経験がある。「日本には47都道府県もあるのに、全部行かないのはもったいないなぁ」。ある時、ふと思い、毎月こつこつ日本全国を旅したのだった。

 そのときに錦帯橋も訪れているのだが、なんと美しい橋なのだろうと胸を打たれたものだった。全長約200メートル、五連の太鼓橋。再び渡ることができ、わたし自身も大満足である。

 嬉しい想定外があった。夜の錦帯橋である。ライトアップされた錦帯橋を渡ることができるとは知らなかった。

 月夜の下、大勢の人が長い橋の上をそぞろ歩いている様子は、まるで一枚の絵のよう。その夜、母や妹と露天風呂につかり、

 「錦帯橋、きれいやったなぁ。お城にも行けたし」

 と、ほっこり。子供の頃は毎晩3人連れ立って銭湯に通ったものだった。今、それぞれの場所で暮らし、それぞれの人生を歩いていることがほんの少し淋しかった。

 こうして岩国の旅は大成功で終わったわけだが、実は、わたしの旅にはつづきがあった。せっかく東京から来たのである。もうちょっとだけ旅して帰りたい。

 みんなと新岩国で別れたあと、金魚ちょうちんで有名な柳井の街を観光し、その後、広島で下車してもう一泊。前々から気になっていた広島グルメ「汁なし担担麺」を食べに行く。ビリビリとした山椒の刺激! クセになる辛さとうまさ。ペロリと平らげ、再びのぞみに乗って東京へ。

 新幹線、温泉、錦帯橋、岩国城、ロープウェイ、金魚ちょうちん、汁なし担担麺。

 みんなよりちょっと多いのは幹事のごほうびということで。

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