再訪!沿線点描 山陰本線 幡生駅〜長門市駅(山口県)

響灘のオーシャンビューを車窓に、本州最西端の海岸線を走る。

今回の旅は山陰本線の山口県幡生駅から長門市駅まで74.2kmを再訪した。本州最西端の海岸線を辿り、“下関の奥座敷”川棚温泉を経てオーシャンビューを車窓に長門をめざした。

本州最西端の響灘の夕日。

響灘を見晴らす“下関の奥座敷”

 旅の起点は山陽本線下関駅の一つ隣の幡生[はたぶ]駅。列車の運行は下関駅からだが、山陰本線は幡生駅から始まる。また、京都駅を起点とすれば、終点駅でもある。ホームを離れた列車はまもなく山陽本線と分かれ、真北の方向に向かう。関門海峡の北西に広がる響灘[ひびきなだ]に臨む本州最西端の海岸線に寄り添って進むこの沿線の見どころは、なんといってもコバルトブルーの海だ。壮大なオーシャンビューに胸が高鳴る。

 海沿いの安岡駅、福江駅、吉見駅などを経て約30分で川棚[かわたな]温泉駅に着く。駅名どおりの温泉郷だ。開湯800年の歴史を誇る古湯で、毛利家の殿様が湯治に通った湯。その昔、「水神」の青龍がこの地を潤していたが、大地震で青龍が亡くなると日照りが続き、村には疫病が流行した。困った村人が青龍を祭祀すると温泉が湧き、病を治したという縁起による。

「青龍伝説」の青龍権現が祭祀される松尾神社。青龍は現在も川棚に語り継がれ、「守り神」として崇められている。

歴代の長府藩主が度々訪れた川棚温泉。当時領内唯一の温泉には、下湯と上湯の2つの湯屋があり、下湯に殿様専用の御殿湯が設けられていた。

 現在も青龍権現は川棚温泉の「守り神」として集落内の松尾神社に祀られている。旅の途中にぜひ立ち寄りたい場所だ。風景が素晴らしい。海からゆるやかに傾斜した高台からは気持ちのいい海の風景が望める。現在7軒の旅館に、名物の瓦そばや川棚まんじゅうの商店が点在する。「昭和の最盛期には24軒の旅館がありました」と話すのは川棚温泉観光ボランティアガイドの岩田光郎さん。

高台から望む川棚温泉の眺望。響灘には厚島が浮かんでいる。

川棚温泉の魅力を伝えるために活動しているボランティアガイドの岩田さん。「川棚温泉は現在、4つの源泉のミックス泉です。活動の一つにかつての毛利侯が川棚温泉まで通った道を巡り、紹介しています。それがとても好評です」と話す。

妙青寺境内にある山頭火の句碑。碑には、「涌いてあふれる中にねている」と刻まれている。

 「あの漂泊の俳人、山頭火も好んだ自慢の湯です」という温泉は無色透明、42度の源泉かけ流し。種田山頭火が晩年にこの川棚温泉に逗留し、約300の句を残した。旅日記の『行乞記[ぎょうこつき]』に「川棚は山裾に丘陵を巡らして、私の最も好きな風景である」と記している。終の住処[すみか]とすることを望んだが、思いを果たせず「けふはおわかれのへちまがぶらり」と一句を残し、川棚を去ったという。温泉郷には各所に山頭火の句碑がある。下関に近く「下関の奥座敷」とも呼ばれる。

 目の前の響灘に椀を伏せたような厚島がぽつんと浮かんでいる。本州最西端の響灘に沈む夕日は、広々とした海原を赤々と染めて格別に美しい。そののどかな風景とともに、山頭火が最も好きな風景の一つだったに違いない。

土・日、祝日に観光列車「○○のはなし」

赤、青、緑色にペイントされた車両に「夏みかんの花」と「ハマユウ」をあしらった観光列車「○○のはなし」。

内装は和風と洋風があり、洋風の2号車には販売カウンターが設けられ、沿線上の自慢の特産品を購入できる。

 新下関駅から下関駅、川棚温泉駅、長門市駅を経て東萩駅までの区間を観光列車「◯◯のはなし」が土・日、祝日に一日一往復している。旅のコンセプトは、萩(は)、長門(な)、下関(し)を巡ることで、沿線上の歴史文化や美しい山陰の海岸美を「見て」、「聞いて」、「感じて」、思い出に残るさまざまな「はなし」を提供すること。

 2両編成の列車の内装はそれぞれ異なり、1号車は「西洋が憧れる日本(和)」。2号車は「西洋に憧れた日本(洋)」で、外装は「洋と和をつないだ海」をイメージしている。定員60名で要予約。

北長門海岸国定公園を巡り、長門へ

響灘の奇岩が続く海岸を走る列車。(小串駅〜湯玉駅)

 列車は川棚川を渡り、本州最西端をさらに北上する。小串駅から湯玉駅にかけては、この沿線一番のビューポイントだ。車窓にはゴツゴツとした岩礁の先に雄大な響灘の海景が広がる。宇賀本郷駅を過ぎると列車は減速し、ゆっくりと進んだ。落石対策のためだそうだが、陽光輝く海原の風景を堪能できた。

 長門二見駅を過ぎると、列車は海岸線から離れ山間部を走る。滝部駅、そして特牛駅。「とくぎゅう」ではなく、「こっとい」と読む。全国的に難読駅として知られる駅で、由来は諸説あり、牛の古語「コトヒ」が転化したらしい。周辺は牛の集散地として古くから栄えたようで、目下、人気の観光地、角島には牧場があり牧畜が盛んだ。

難読漢字の駅で知られる特牛駅。木造の駅舎は、2005(平成17)年に公開の映画『四日間の奇蹟』の舞台になった。

 その角島には、特牛駅前から路線バスが運行している。ひときわ鮮やかな紺碧の海に浮かぶ「角島」は、海の色と白砂のコントラストが見事。外国の絵はがきのような景色で、CMや映画の舞台にも登場する絶景だ。海の上に架かる真っすぐな角島大橋は、見た目にも爽快で全国から観光客が絶えない。

北長門海岸国定公園・角島[つのしま]

コバルトブルーの海に架かる角島大橋。

1876(明治9)年に完成した角島灯台。日本海側初の洋式灯台だ。

 山口県北西部に位置する角島は、下関市豊北町沖1.5kmの響灘に浮かぶ周囲約17kmの島だ。島北側の両端の岬(牧崎、夢崎)が牛の角のように見えることから、その名がついた。

 角島に架かる角島大橋は2000(平成12)年に完成し、全長は1,780m。通行料が無料の橋としては屈指の長さで、その先には130年以上も前から海の安全を守り続ける島のシンボル・角島灯台が建つ。総御影石造りの洋式灯台の高さは29.6m。また、島にはサイクリングコースが設けられ、角島の大自然を巡るのもいい。

 大人気スポットの角島は北長門海岸国定公園に指定されている。

油谷湾に沿って山陰本線を走る列車。(長門粟野駅〜伊上駅)

人丸駅周辺の車窓には美しい田園風景が広がる。(人丸駅〜長門古市駅)

近年、観光客に大人気の元乃隅神社。123基の朱色の鳥居に、紺碧の日本海や空とのコントラストが美しい。

 特牛駅から、阿川駅へ、そこから列車は進路を東に変えて海岸伝いに走る。油谷湾を眺めつつしばらく走ると車窓は内陸の田園風景に移る。人丸駅を経て、掛淵川を渡ると長門古市駅に到着。この数年、海外の観光客に大人気の「元乃隅[もとのすみ]神社」の最寄り駅だ。残念ながら交通機関はタクシーを利用するしかないが、それでも大勢が詰めかける。

 お目当ては日本海の断崖に並び建つ元乃隅神社の朱色の鳥居。数年前にアメリカのテレビ局が「日本で最も美しい場所31」の一つに選び人気が沸騰。一躍長門の新観光名所として注目され、海外から観光客が急増した。2018(平成30)年には約91万人の観光客が訪れたという。

 旅もいよいよゴールが近い。黄波戸[きわど]駅を過ぎると車窓の左に深川湾が見える。湾の先に青海島が横たわっている。まもなく終点の長門市駅。その先が仙崎。童謡詩人 金子みすゞの故郷だ。本州最西端を辿った旅は海と島々と、本州で最後に沈む夕日の美しさに感動する、興味の尽きない旅であった。

深川湾の先に見える青海島。島の周囲は約40kmで、国の名勝および天然記念物に指定されている。

断崖絶壁の“海上アルプス”・青海島[おうみじま]

東山魁夷が作品のモデルにした岩礁帯「瀬叢」。

 北長門海岸国定公園に指定される青海島は、長門市仙崎の北側に位置する別名「海上アルプス」と称される周囲約40kmの島だ。日本海の荒波が削り上げた洞門や断崖絶壁、険しい奇岩巨岩の景観は自然のアートで、その岩礁群を巡る青海島観光遊覧船も運行している。また、島内には約1.9kmの「青海島自然研究路」が設置されている。そのコースから見える岩礁地帯「瀬叢[せむら]」は、日本画の東山魁夷が皇居宮殿・長和殿「波の間」に制作した壁画「朝明けの潮」のモチーフになっている。

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