原風景を往く[和歌山線<奈良県・和歌山県>]王寺駅から和歌山駅

葛城、金剛の山麓をぬけて紀ノ川を下る旅。

奈良県の南西部を、
葛城・金剛連山の麓を南へ走り、紀ノ川に沿って和歌山へ。
山間の町に残る江戸時代の町並み、古寺名刹…。
出会うのは日本の原風景と、大河を見渡す山々を彩る果樹園。
和歌山線の旅の魅力は尽きない。

記紀神話の舞台から大河に沿って和歌山へ

 奈良盆地の山野はどこも神がかっている。とりわけ和歌山線が走る葛城山、金剛山の山麓一帯は大和朝廷以前に栄えた葛城氏族ゆかりの地で、日本史のはじまりの舞台でもある。

 列車は、関西本線の王寺駅から奈良盆地の西の端に沿って南へと向かう。車窓の右手には二上山[にじょうざん]が現れる。山頂には大津皇子が眠るといわれ、古代から神の山として崇められてきた。田畑のあちこちに土饅頭のような古墳が点在し、数えはじめるときりがない。辺りの風景は古式ゆかしく、山の辺の道と並ぶ日本最古の道、竹内[たけのうち]街道が大和高田の街を通って二上山の山中へと続く。

 やがて列車の窓に、葛城・金剛の山並みがのしかかるように迫ってくる。奈良盆地を眺めると、『古事記』の一節がそのままだ。「倭[やまと]は国のまほろば たたなづく 青垣 山ごもれる 倭し美し」。遠くに青垣の山々がかすみ、畝傍[うねび]、耳成[みみなし]、香具山の大和三山が見える。その風景は、桜井線(万葉まほろば線)とは異なるもう一つのまほろばの風景だ。神武天皇が「まことに美しい国を得た」と讃えたのも、この葛城の山麓から見た眺めだったらしい。

 列車は大和盆地のさらに南へと走る。大和高田市から御所[ごせ]市の周辺も、古代を想像するのに事欠かないところで、日本武尊[やまとたけるのみこと]の「白鳥陵」など天皇陵や宮跡も数多い。「掖上[わきがみ]」や「北宇智[きたうち]」などの駅名も記紀神話に由来し、また日本国の古代の別名である「秋津洲[あきつしま]」と深く関わる秋津の地名もある。高田駅の西側、二上山の麓にある當麻[たいま]寺は飛鳥時代の創建で、ひたすら極楽往生を願った中将姫の伝説や、牡丹の寺としても名高い。

五條市新町地区の歴史的な町並み。吉野川流域の要衝の地にあり、宿場町、商業の町として栄えた。

 列車はさらに南に進むと、葛城・金剛山地が吉野川に出合う。そこが五條だ。駅は「五条」と書く。駅に近い新町地区の町並みは約1kmにも及び、必見の価値がある。日本最古といわれる民家や、豪壮な構えの商家の屋敷が続く。毎年5月に町をあげて開催される「かげろう座(自由市場)」には、残された貴重な町の景観を楽しみに全国からたくさんの人が訪れる。

新町地区で毎年5月に開かれる自由市場「かげろう座」には、全国から多くの人が訪れる。「まちや館」でガイドを務める久保美知代さんは、「全国でも貴重な町の文化遺産を活かし、多くの人が私たちの町を訪ねてくださることをやりがいにしています」と話す。

當麻寺近くにある葛城市相撲館「けはや座」。館内には本式の土俵があり、相撲発祥の地として相撲の歴史などが展示されている。

 和歌山線は、五條からは蛇行する吉野川とつかず離れずに西へと向かい、和歌山県に入る。吉野川は橋本付近から紀ノ川に名前を変える。川の向こうには大峰山[おおみねさん]に連なる山々が幾重にも重なり、すぐ対岸が九度山[くどやま]でその背後に高野山。高野口駅は明治時代の古い木造の駅舎が物語るように、かつては高野山参りの起点として大いに賑わった。沿線の山々の斜面には、フルーツ王国和歌山にふさわしく、柿やミカン、ぶどうに桃などの果樹園が延々と続く。そして列車は粉河駅に到着。西国巡礼の第三番札所である粉河寺の門前町でもあり、朱色の大門をくぐると長い石畳の参道が本堂まで続く。鎌倉時代には七堂伽藍、五百五十ヶ坊を誇ったという。

五條は全国でも有数の柿の生産地。柿園の中に建つ柿を模したユニークな外観の柿博物館では、柿をテーマにさまざまな展示を行っている。

高野口駅前に建つ、かつて旅館であった木造3階建の葛城館。当時、駅前には高野山への参拝者のための人力車が300台もあったという。国の登録有形文化財。

粉河寺本堂前の名勝に指定される庭園。桃山時代の石組みの庭園で、日本庭園では先例のない様式といわれる。

創建以来800年の歴史を有し、中世の佇まいを残す根来寺。高さ40メートルの根本大塔は、木造大塔としては日本で最も大きく、国宝に指定されている。

 沿線風景はとにかく、陽光いっぱい、のびやかの表現につきる。ふいにカラフルな色が目に止まって河原に降りると、カヌーを楽しむ人がたくさんいた。空を見上げると、色とりどりのパラグライダーが舞い降りてくる。打田駅の周辺は、パラグライダーとカヌーのスクールがあって、アウトドアスポーツのメッカなのだそうだ。

 名刹、根来寺[ねごろじ]への最寄り駅である岩出駅を過ぎて紀ノ川の鉄橋を渡ると、終着駅の和歌山はもうすぐだ。徳川御三家の城下町のシンボルは和歌山城。和歌山線の旅は古代史ファンからアウトドア派まで、人それぞれにいろいろな旅の楽しみを提供してくれる。

和歌山は徳川八代将軍吉宗のふるさと。和歌山城は豊臣秀吉の弟秀長が築城し、後に徳川頼宣が入城して紀州55万5千石の居城となった。今も和歌山のシンボルだ。

紀州へら竿は和歌山県の伝統工芸の第1号。全国シェアの90%を占める和歌山県の工芸品で、今も匠の手によって丹念に作られる。

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