Blue Signal
September 2004 vol.97 
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特集[五箇山] 五つの「谷間[やま]」の里
厳しい自然に培われた生活文化
念仏を唱えて、合掌造り
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茅の葺き替えは20年から25年に1度。葺き替え作業は「結」と呼ばれる労力交換の相互扶助の伝統で行われていたが、近年では森林組合が屋根の葺き替えを行っている。しかし「結」の精神は今も集落の中で息づいている。
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合掌とは「祈り」の形である。建物を切妻側から見ると両掌を合わせて拝む恰好をしている。「念仏を唱えながら造る、村人らの祈りの合掌である」と相念寺の住職、圖書恒遠[ずしょこうえん]氏はいう。そのほうが五箇山の来歴にかなっているし、眺める方もロマンを感じるのだが、建築的には二つの部材を山型に組み合わせる叉首[さす]構造を「ガッショウ」と呼ぶ。

五箇山の合掌造りは叉首構造の茅葺き屋根で、釘を一本も使っていない。日本民家としてもっとも原始的な姿を残しているといわれ、歴史的価値にばかり目が向きがちだ。しかし建築家の視点は違う。合掌造りは、豪雪地帯の山間地という厳しい環境において、構造と工法を徹底的に追求した建築で、その価値は古い形式や技法をとどめていることにあるのでなく、「日本の木造建築技術の一つの到達点を示している」ということになる。

ドイツ人の建築家ブルーノ・タウトは合掌造り建築にいち早く注目し、驚嘆した。桂離宮ほか日本建築の素晴らしさを世界に知らしめたことでも著名なタウト氏は、『日本美の再発見』という著書のなかで合掌造りの独自性を称賛し、「構造は実に論理的、合理的で、日本の建築ではまったく例外に属するものだ」と書いている。合掌造りを前にしたタウトの驚きとは、建築学も何も知らない、豪雪地帯の山間地という厳しい環境に暮らす人々の、素朴だが素晴らしい、知恵と工夫への畏敬であったろう。

見上げる合掌造りは威風堂々としている。大きな祈りの屋根はすっぽり覆い隠すようにして家を護り、どっしりと頼もしい。屋根の傾斜は一様に約60度の急勾配で、支柱はなく、内部に吹き抜け構造がないというのも合掌造りに共通している点だ。各部は藁縄で結ばれているが箇所によっては完全に固定されていない。強い風に対して、柱や梁に揺れや負荷が伝わらないようにする工夫である。そのほか、各所に建築構造的な工夫や知恵が施されているが、それは豪雪の重みをしっかりと支え、さらに生産に必要な大きな空間を効率良く確保するための、もっとも合理的で理想的な方法なのである。合掌造りの美しさとは、機能と合理性を極めた美といっていい。

それにしても合掌造りには、大変な人力を要する。とりわけ屋根葺きや葺き替えは村をあげての大事業で、茅を刈り屋根を葺き替えるのに延べ300人以上の人手を借りて数日がかりで行うという。それを担ってきたのが、「結」と呼ばれる労力交換による相互扶助だ。もう一つの「合力」は、冠婚葬祭など村人が無償で助け合う協力のことをいう。ただ、「結」本来の労力交換の意味は時代とともに薄れつつあるが、それでも社会共同体の制度の一つとして、今も連綿と受け継がれている。

囲炉裏のなかで薪がはぜる。村人が語るように唄いだした。どこか遠い記憶の彼方にあるような、素朴で懐かしい調べ。「まどのサンサもデデレコデン…」。大化の改新の頃に起こった田舞は、平安時代に田楽と名が変わるが、「筑子[こきりこ]唄」はその田楽を伝承する古代民謡として無形文化財になっている。唄の調子は古代に通じるもので、それが現代に残されたというのもまた、隠れ里であることを運命とした、五箇山だったからではなかったか。
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相倉集落の茅場。「コバヤ」と呼ばれる茎が細く背が低い茅で、しっかりした密度で屋根を葺くことができる。
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岩瀬家の書院の間で「殿様部屋」と呼ばれる。加賀藩の役人が訪れた時に使われた。
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岩瀬家は五箇山・白川郷を含めて最大級の合掌造り家屋。2・3階は蚕の飼育場となっていた。
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小屋組み内部。結束には藁縄やソネ(マンサクの幹)を使い、釘は使用していない。
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村上家の「おい」と呼ばれる家族が集まる囲炉裏の部屋。
念仏を唱えて、合掌造り
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掌を合わせた様に似ていることから、「合掌造り」と呼ばれるようになった。五箇山地方と白川郷だけの独特な家屋建築である。
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岩瀬家の外観。妻側から見ると5層であることがよくわかる。90年ほど前は36人が1階で暮らしていたという。
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村上家の玄関の土間にある「まや」と呼ばれる塩硝造りの場。
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村上家の小屋組み部分の3層目。
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村上家の「チョウナバリ」。急斜面に生えた木の根元の自然に曲がった部分を利用した梁。強度に優れ耐久性も高い。
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