大阪駅を中心に西日本最大級の複合商業施設を備えた大阪ステーションシティ。
日本の鉄道の大動脈、東海道本線。
阪神間は開業150年を迎え、大阪駅周辺は今も再開発が進んでいる。六甲の山並みを眺めながら、国際港湾都市の神戸をめざした。
西日本最大のターミナル、大阪駅のプラットホーム。1日約35万人の乗車人数を誇り、約1,500本の列車が発着している。
日本初の鉄道は、東京の新橋駅から横浜駅間の鉄道敷設に始まり、1874(明治7)年には、神戸駅から大阪駅間の鉄道が開通した。阪神間を結ぶ大動脈路線は今年で150年を迎え、今後ますますの賑わいが期待されている。
今回の旅の起点は、駅周辺の開発が著しい大阪駅。鉄道開業当初の初代大阪駅駅舎は切妻屋根で、木造レンガづくりの洋風建築だった。近年は、「大阪ステーションシティ」をはじめ着々と整備が進み、大型の商業施設やホテルなどが立ち並ぶ。駅の北側に広がる「うめきた2期地区」には、緑豊かな公園を中心に、集合住宅、ビジネス、ショッピングなどを包括した新しいまち「グラングリーン大阪」の一部が、今年の9月に開業する。また、大阪駅の西口改札と直結するオフィスと商業施設を備えた「イノゲート大阪」が今秋に開業を迎えるなど、駅周辺はめざましい勢いで発展が進んでいる。
巨大なドーム屋根をくぐり、大阪駅を離れた列車はまもなく淀川に架かるトラス橋にさしかかる。高層ビル群を後に、列車は進路を西に向けて神崎川を渡って兵庫県に入る。JR東西線や福知山線が乗り入れる尼崎駅、そして西宮駅を過ぎれば、車窓からこんもりと椀を伏せたような甲山[かぶとやま]や六甲山系の山並みが見えてくる。夙川を渡ると芦屋駅に到着。駅の南側には、耽美派の文豪 谷崎潤一郎を顕彰する「芦屋市谷崎潤一郎記念館」がある。
阪神間では、明治末期から昭和初期にかけて六甲山麓を舞台に芸術文化が花開いた。生活様式や建築などさまざまな分野で西洋文化を取り入れる時代の流れが浸透し、画家や音楽家などの芸術家や文化人、財界人などが好んで阪神間に移り住んだ。それは「阪神間モダニズム」と呼ばれ、関東大震災を機に関西へ移住した谷崎もその一人だ。そんな風土を愛した谷崎は、21年間をこの阪神間で過ごした。芦屋には約2年半ほど過ごし、代表作の『細雪[ささめゆき]』には芦屋を舞台に阪神間モダニズムの一端が描かれている。
大阪駅の新改札口の「西口」に直結する新しい超高層ビル「イノゲート大阪」が、今年の秋に誕生する。
芦屋市谷崎潤一郎記念館。庭園は、関西最後の邸宅「潺湲亭(せんかんてい)」の日本庭園を再現している。
「自然と都市の融合」、“みどり”溢れるグラングリーン大阪
大阪駅のうめきたエリアの新たな改札口「うめきた地下口」。地下ホームには、関空特急「はるか」や、京都・大阪〜和歌山を走る特急「くろしお」が停車する。
大阪駅中央北口正面に広がる約1,700㎡のうめきた広場。
大阪駅の北側に隣接する旧梅田貨物駅跡地の「うめきた2期地区」には、「自然と都市の融合」をテーマにした新しいまち「グラングリーン大阪」が誕生予定。それに先立ち、グラングリーン大阪を構成する「うめきた公園(サウスパーク)」、ホテルや商業施設が入る「北街区賃貸棟」が、今年9月に先行開業予定だ。「うめきた公園(ノースパーク)」と「南街区賃貸棟」の開発も進み、2027年春に完全開業を予定している。
六甲山と瀬戸内海の恩恵から醸造される灘の清酒
大正初期に建てられた酒蔵を利用した「白鶴酒造資料館」。館内には、昔ながらの酒造工程や酒造りに用いた道具などを展示している。
館長を務める田さんは灘の酒について、「やや酸の多い辛口の酒が多く、しっかりした味わいとキレのよさが『男酒』と呼ばれるゆえんです」と話す。
宮水発祥の「梅の木井戸」の石碑。神戸魚崎村の酒造家 山邑太左衛門が発見したという。
北に六甲山を控え、南に瀬戸内海を臨む「灘五郷」は、江戸時代より清酒の生産量日本一を誇る。かつての樽廻船によって江戸に送られた灘の酒は最高の味と評され、その醸造方法は仕組みや工程において現在も変わらない。
日本酒の三大要素は水、米、杜氏[とうじ]。六甲山系の北側で作られた「山田錦」、西宮神社の南東部一帯から湧き出る「宮水[みやみず]」、そして酒造りを指揮した「丹波杜氏」の存在。優れた原料と卓越した醸造技術によって、灘の酒は今も醸されている。
兵庫県産山田錦を100%使用した特別純米酒「山田錦」。右は、館内人気ナンバー1の特別純米原酒「蔵酒」。芳醇でキレのある味わいが特徴で、直営店の限定品。
列車は芦屋駅を過ぎてやがて神戸市に入る。住吉川を渡れば住吉駅。駅より南の沿岸部には、日本酒造りの聖地「灘五郷」の名だたる酒蔵が点在している。灘五郷とは五つの郷(西郷、御影郷、魚崎郷、西宮郷、今津郷)の総称で、西宮市から神戸市東灘区・灘区の沿岸部に広がる日本一の清酒生産量を誇る地域だ。その中で昨年、創業280年を迎えた白鶴酒造の資料館に足を運んだ。
「現在、灘五郷酒造組合に加盟するのは25酒蔵で、それぞれが味を競っています。白鶴は蔵の古さとしては灘では中堅どころです。」と話すのは、白鶴酒造資料館館長の田昌和さん。最盛期には200蔵以上を数え、創業500年を超える酒蔵もあるそうだ。六甲山から瀬戸内海に向かって吹く「六甲おろし」や六甲山系の伏流水、「酒米の王者」と呼ばれる山田錦[やまだにしき]など、酒造りに適した環境から灘の清酒は仕込まれている。
「神戸の台所」として発展したチャイナタウン
「老祥記」3代目の曹さんは、「南京町はどなたが何度来られても楽しめます。“熱烈歓迎”、この一言に尽きます」と話す。写真右は、老祥記名物の「豚饅頭」。曹さんの祖父から続く手づくりの大人気商品。
「南京町」という地名はない。南京町は神戸の人たちがチャイナタウンにつけた呼称で、外国人たちの「市場」として誕生した。現在では神戸を代表する観光地の一つにまで発展し、海外の観光客も訪れ賑わっている。
南京町は東西約270m、南北110mの範囲で、中華料理店や食材店、雑貨店など約100店舗が軒を連ねている。1987(昭和62)年に開催された1回目の「春節祭」では4日間で27万人を集めた。1997(平成9)年には神戸市の地域無形文化財に指定された。
列車の車窓からは六甲山系の中腹から麓にかけて大小の家々が林立する風景が見える。やがて列車は都賀川[とががわ]を渡りさらに西に走る。住吉駅から約10分で三ノ宮駅に到着、次の元町駅はすぐだ。駅から南にほどなく行くと、旧居留地に隣接してチャイナタウンが広がっている。南京町だ。中華式の楼門をくぐると、整然と並んだ店の軒先のセイロから湯気がのぼり、食欲を誘う香りが辺りに立ち込めている。1868(慶応3)年の神戸港開港とともに誕生した南京町は、どんなものでも揃う市場として賑わった。そんな南京町で、豚饅頭を広めたのが創業100余年の「老祥記[ろうしょうき]」だ。連日、行列の絶えない店で知られる老祥記の3代目曹英生[そうえいせい]さんは、南京町商店街振興組合の理事長も務める。「例年、年間600万人が南京町に来られます。コロナ禍では、南京町でも人の姿がなくなりましたが、今は活況が戻りつつあります」と曹さんはにこやかに話す。
南京町から南の海岸通りを歩きながら神戸駅に向かう途中、ライトアップされた神戸ポートタワーに導かれるように「メリケンパーク」に立ち寄った。神戸を彩る夜景は美しく、北側の山手の夜景スポットからは、キラキラと光輝く港まちの大パノラマが一望できる。
西洋文化の名残りを現在に残す阪神間は、異国情緒に満ちた美しい旅であった。