宇治川を渡る奈良線の列車。(宇治駅〜黄檗駅)
奈良線は、京都府山城地域の木津駅から京都駅までの約35kmを走る。また、木津駅からは大和路線に乗り入れ奈良駅に入り、2つの古都を結ぶ。複線化事業による利便性向上で、通勤・通学の役割に加え、観光路線としての魅力がさらにアップする。
奈良線は京都と奈良を大和路線経由でつなぐ路線だ。観光路線としても利用者が多く、さらなる利便性向上と安全・安定輸送の実現のために複線化工事が着々と進んでいる。2023(令和5)年3月の完成予定で、城陽駅から京都駅までが複線となる。それに合わせて、駅改良や安全性を高める取り組みが行われている。
旅の起点、木津駅は大和路線、学研都市線が乗り入れる鉄道の要衝だ。京都府と奈良県の県境に位置する木津川市はかつて都が置かれた地で、京都と大阪を結ぶ木津川の水運で栄えた。ここで陸揚げされた木材は、奈良へ運ばれたという。
駅を離れた列車は進路を北に、木津川に架かるトラス橋梁を渡る。棚倉駅から北へ行くと、飛鳥時代に創建されたとされる蟹満寺[かにまんじ]があり、本尊は国宝の釈迦如来座像で、1,300余年の古い歴史を今に伝えている。棚倉駅を過ぎるとすぐに煉瓦づくりのトンネルをくぐる。実はこのトンネルの上には川が流れている。土砂の堆積により川底が周囲の平地よりも高くなった川を天井川と呼び、木津川下流域は特に多い。列車は4つの天井川を次々とくぐり抜けて走っていく。
長池駅を過ぎて、列車は城陽駅に到着。京都から五里、奈良から五里に位置する城陽は、古くは「五里五里の里」と呼ばれた。古代から開けた地域で古墳や史跡が多く残る。
列車はさらに北上し、JR小倉駅を過ぎる。進路を東に変えると、まもなく宇治駅だ。ここ宇治は日本緑茶発祥の地で、駅からバスで南東へ行けば、宇治茶の産地である宇治田原町の丘陵地が広がる。なだらかな段々の茶畑が美しく、さらに奥地に向かうと湯屋谷の集落に出る。日本緑茶製法を考案した永谷宗円[ながたにそうえん]の生誕地だ。「天下一」と謳われた宗円のお茶は「青製煎茶製法[あおせいせんちゃせいほう]」と呼ばれ、今日の日本緑茶製法の礎になっている。
煉瓦づくりの天井川トンネルをくぐる列車。トンネルの上には不動川が流れている。
新しく橋上化されて安全性、利便性が向上した山城青谷駅舎。
日本緑茶のふるさと宇治田原町を訪ねる
写真左は日本煎茶の祖 永谷宗円の生家。湯屋谷集落には、狭小な谷間に石垣に挟まれたお茶屋や茶問屋が集まる。
宇治田原町は宇治茶の主要産地の一つで、「日本緑茶発祥の地」と呼ばれる。丘陵地には整然と管理された茶畑の風景が広がり、煎茶や玉露などはここ宇治で開発された。
宇治田原町湯屋谷の集落には、「青製煎茶製法」を開発した永谷宗円の生家がある。摘んだ茶を蒸し、揉みながら乾燥させて仕上げる製法は味や色、香りがひきたち現在飲まれる緑茶の基を作った。
複線化が進む区間を走る列車。(玉水駅〜山城多賀駅)
宇治駅前からすぐの「宇治橋通り商店街」の起源は室町時代まで遡り、創業400年を超えるお茶屋をはじめ、白壁や格子の老舗が軒を並べる。商店街を抜けると宇治橋にたどり着く。橋のたもとで悠々と流れる宇治川を眺めれば、小高い山々を背景に水辺には水鳥が群れをなしている。
橋を渡ると、「つうゑん」と描かれた暖簾が掛かるお茶屋がある。創業800余年の老舗「通圓[つうえん]」だ。初代通圓はこの宇治橋の修繕や外敵の侵入を防ぐ役割を担う「橋守[はしもり]」だった。その傍らで、橋の通行人にお茶をふるまっていたことに始まるという。24代目当主の通圓祐介さんは、「宇治茶は香りや味の基となる成分が多く、独特の後味が残ります。その余韻を楽しむのが特徴です。どうぞ」と、玉露をいただいた。とろみのある口あたりで甘さを感じさせる深い味わいだ。
世界遺産 平等院と創業850年の老舗茶屋
宇治橋通り商店街を東に抜け、右に折れると平等院表参道が続く。参道沿いには宇治茶の老舗が軒を連ね、茶を焙じる店からは芳ばしい香りが漂う。平安貴族の藤原道長の別荘を寺院に改めた平等院。国宝の鳳凰堂は威厳を示し、藤原一族の栄華を物語る。
宇治橋の東詰めには、茶人 千利休も訪れた老舗茶屋「通圓」がある。通圓の創業は平安時代末の1160(永暦元年)。24代目の通圓祐介さんは、宇治各地の茶葉をブレンドしながら通圓の味を今に伝えている。
通圓は、豊臣秀吉、徳川家康ゆかりのお茶屋。「代々続いて来れたのは、宇治茶が世界にまで評価されたからだと思います」と話すのは祐介さん。
観光都市京都の玄関口、京都駅の駅前広場。1日約20万人が利用する駅周辺は、人の往来が途切れない。
列車は宇治駅を離れ、宇治川を渡って黄檗[おうばく]駅、六地蔵駅を過ぎると桃山駅に到着。駅から西にしばらく行くと、酒蔵の集まる一角がある。日本三大酒どころの一つ、伏見の蔵元だ。豊臣秀吉による伏見城築城に伴い、伏見の酒造りは本格化した。ミネラルを程よく含んだ中硬水で醸す口あたりのやさしい伏見の酒は“女酒”と呼ばれる。現在は約20軒の酒蔵がその歴史を守り継いでいる。また、周辺には江戸時代に酒や米の運搬で活躍した伏見十石舟の発着場があり、現在は遊覧船として宇治川派流の柳並木を周遊し、観光客を楽しませている。
列車は進路を北に向け、JR藤森駅を過ぎるとやがて稲荷駅だ。伏見稲荷大社参詣の玄関口で、駅の改札を出ると朱色の大鳥居が出迎えてくれる。稲荷山を登りはじめると鳥居が建ち並ぶ。溢れんばかりの参拝者が列をつくり、ものめずらしそうに千本鳥居をくぐりながら撮影に励んでいる。稲荷山巡りの下りの坂で一軒のお店があった。「お疲れさまでした。参詣者は朝が早く、早朝6時には人の姿が見られますよ」と話すのは、「四季の味 おくむら」の奥村えりさんで、この地で育った。
次の東福寺駅を過ぎて、京都タワーが迫ると終着の京都駅だ。京都市内と京都府南部を南北に繋ぐ奈良線の旅は、木津川の天井川を何度もくぐり、京都山城の歴史や文化に触れる旅であった。
伏見稲荷大社の千本鳥居をくぐって一休み
稲荷山の中腹、四ツ辻からの眺望。参道屈指の展望スポットで、京都市南部が一望できる。
伏見稲荷大社は、稲荷神社全国30,000社の総本宮だ。創建は711(和銅4)年と伝わり、1300年以上の歴史を誇る。本殿背後に建ち並ぶ朱色の「千本鳥居」は圧巻で、稲荷山全域で約10,000本の鳥居が並んでいるという。
また、大社は地域の人から親しみを込めて、「おいなりさん」と呼ばれている。稲荷山そのものが信仰の対象で、お山巡りの総距離は一周約4km。歩いて約2時間ほどかかるそうだ。
以前のにぎわいが戻ってきました」と話すのは、「四季の味 おくむら」の奥村さん。伏見稲荷大社の狐にかけた“きつねうどん”は人気メニューの一つ。