エッセイ 出会いの旅

久野 知美

フリーアナウンサー、女子鉄。株式会社ホリプロ所属。1982年大阪府生まれ。世界遺産検定2級を持ち、海外鉄道取材の経験も豊富。「青春18きっぷ」の活用に精通した18キッパーとしても知られる。テレビ東京「なないろ日和!」、FMNACK5「スギテツのGRANDNACK RAILROAD」、NHKラジオ第1「鉄旅・音旅 出発進行! 〜音で楽しむ鉄道旅〜」など、鉄道関係のテレビ・ラジオ番組、イベントでMCを多数務め、西武鉄道「旅するレストラン52席の至福」、東武鉄道「TJライナー」などでは車内自動アナウンスの音声も担当。溢れる鉄道愛と豊富な知識を活かし、女子鉄アナウンサーとして多方面で活躍中。著書に『鉄道とファン大研究読本』『女子鉄アナウンサー久野知美のかわいい鉄道』がある。

「鉄神さまの贈りもの」

 子どもの頃から乗りものが大好き。母の実家が東京だったので、里帰りのときに乗せてもらう新幹線が大のお気に入りでした。本格的に鉄道の魅力に目覚めたのは、電車通学をしていた高校生の頃。大学時代の終盤からは、JR高槻駅の近くに一家で引っ越し、沿線で暮らしました。その頃からアナウンサーを目指して就活。仲間の多くが高速バスを利用するなか、私は「青春18きっぷ」を活用し、新快速で米原まで、大垣〜東京間は夜行快速列車ムーンライトながら号で、キー局受験のために大阪と東京を行き来したものです。

 フリーアナウンサーになり大好きな鉄道に関わる仕事が増え、プライベートでもお仕事でもたくさん鉄道の旅をしてきました。なかでも殿堂入りの思い出は2015年2月1日、札幌発大阪行きのトワイライトエクスプレスの旅。大雪で立ち往生し、15時間半遅れで完走した大遅延列車に、偶然、プライベートで乗り合わせていたのです。皆から「大変だったね」と気の毒がられたものですが、いえいえ。私には「鉄神さま降臨!」と思えた幸運なできごとでした。

 1989年にJR西日本が運行を始めた豪華寝台特急トワイライトエクスプレスは、この年の3月12日の運行を最後に引退が決まっていました。私は運よくチケットが取れ、ラストラン間近の憧れの列車に初めて乗れることになったのです。

 まずは始発駅の札幌へ。午後2時5分、私たちを乗せたトワイライトエクスプレスは札幌駅を発車しました。重厚な車内の造りや車窓の風景を楽しみ、夕刻、青函トンネルにさしかかるあたりでディナータイムに。沿線の食材にこだわり、盛り付けも美しいコース料理は、評判通りのクオリティの高さ。美味しい余韻に浸りながら、優雅に、快適に、夜はふけていきました。

 大雪で列車が行く手を阻まれたのは夜11時を過ぎた頃。青森と秋田の県境近くでした。機関車を連結するなど復旧が試みられましたが難航。ようやく運転が再開したのは翌日のお昼前でした。その間、極寒の車外で懸命に雪かきをする保線員の方たちの姿を見て、頭が下がりました。あれほどの大雪。運行打ち切りも致し方ない状況だったと思いますが、“なんとしても最後まで走り抜く”という鉄道員の方々の気概を感じ、胸が熱くなりました。

 運転再開後、陣場駅で差し入れられた沿線の大館名物の鶏めし弁当の温かさ。敦賀駅での休憩の際にいただいたおにぎり。非常事態のなか少しでも乗客に快適に過ごしてもらおうと心を砕くクルーの方たちの細やかな気配りにも、プロとしての誇りが感じられました。

 乗客のうち1割ほどが、やむなく秋田駅で下車されましたが、大部分はそのまま終点の大阪まで旅を続けました。長い停車中も運転再開後も、車内は和やかな雰囲気で、私も他の乗客の方とおしゃべりをしたり、お仕事の邪魔にならない程度に鉄道員の方ともお話をさせてもらったり。本来なら夜間に通過してしまう沿線の風景を、明るい時間に楽しむことが出来たのも、ちょっと得した気分でした。

 もちろん、豪華な車両も美味しいディナーも申し分なく素敵でした。けれどもこのアクシデントを通して目の当たりにした、鉄道員さんたちのお仕事への熱意とおもてなしの心になによりも感銘を受け、“ぽっぽや”へのリスペクトをますます深めた旅でした。

 遅延のニュースは大きく報道され、車中で2泊して迎えた早朝、終点の大阪駅に寝ぼけ顔で降り立ったときに、待ち構えていた報道陣にインタビューを受けるという別のアクシデントにも見舞われましたが、その後しばらく関連の取材が相次ぐという嬉しいおまけも。

 そしてあの日、大阪駅で手渡された928分遅れの遅延証明書は、今も私の宝物になっています。払い戻しもできたのですが、鉄神さまから贈られた特別な時間を一緒に完走させてもらった記念として、大切に保管しています。実は、私の誕生日はトワイライトエクスプレスの運行開始日と同じ7月21日。運命を感じずにはいられません。

 あの日のトワイライトエクスプレスは引退し、今はその伝統とおもてなしの精神を受け継ぐ「TWILIGHT EXPRESS 瑞風[みずかぜ]」が、山陰・山陽地方の美しい風景の中を走っています。大人気で、まだ私にチャンスは巡って来ないのですが、いつか乗ってみたいと願っています。その時は、私に鉄道好きのDNAを授けてくれた大好きな祖父を誘って。ゆったりとした寝台列車の旅なら90歳を超えたおじいちゃんとも一緒に楽しめそうです。どうか鉄神さまが夢を叶えてくれますように!

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