断崖絶壁の岩棚に建つ投入堂。手前の主建物が蔵王堂で、奥に附属の愛染堂が付く。写真の右上は不動堂。頭上に岩壁が覆いかぶさり、断崖ははるか谷底まで切れ落ちている。そこは容易に人を寄せつけない世界。危険極まりない場所に建つ投入堂を、すぐ間近にすると、説明しがたい凄みに圧倒される。一般参拝者はここより先には立ち入ることができない。

特集 六根清浄と六感治癒の地〜日本一危ない国宝鑑賞と世界屈指のラドン泉〜〈鳥取県東伯郡三朝町〉 山岳修験の霊山と癒しの湯

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断崖絶壁の奇跡の国宝、三佛寺投入堂

三佛寺の米田住職。「当山への入山は登山でなく、あくまで修行。最後に投入堂を見るまで、登山道には人が感動する起承転結があります」と話す。

木造蔵王権現立像。蔵王権現は修験者を導く守護神で、写真の立像は投入堂の本尊として安置されていた。今は境内の宝物殿で拝見できる。

 崖際の危なげな山道を曲がると、突然、その姿が視界に飛び込んできた。垂直に切れ落ちた断崖絶壁。身もすくむ岩壁の窪みの中に、千年以上の風雪に耐えてその堂宇はあった。三徳山三佛寺奥院、通称「投入堂[なげいれどう]」だ。足場はどこも滑りやすく危険だ。ゆえに投入堂は、鑑賞するのが「日本一危ない国宝」といわれる。

 伝承によると、山の麓で建てたお堂を修験道の祖である役行者[えんのぎょうじゃ]が法力で岩壁に投げ入れことから投入堂と呼ばれる。それは間近に見ると圧倒的な凄みがある。長さが全て異なる柱に支えられた堂は、険しい岩壁と対称的に軽やかで気高く美しい。全国の古寺や仏像を撮り続けた写真家、故土門拳氏は「日本一の名建築は」と問われ「投入堂」と即答した。「二度と登るのはごめんだ」と言いつつ氏は何度も撮影で三徳山を訪れたという。

 三徳山三佛寺は、鳥取県のほぼ中央、倉吉の南の三朝温泉からさらに山峡に分け入ったところにある天台宗の名刹だ。三徳山は標高約900m。修験道の霊山とあって地形は急峻で、谷は深い。断崖や巨岩が露出する三徳山が開山されたのは、706(慶雲3)年といわれ、役行者が開いた。

 役行者は超人的な法力を自在に操ったといわれる人物で、開山には「蓮の花びら伝説」が言い伝わる。役行者が3枚の蓮の花びらを投げると、一枚は奈良県の吉野山に、一枚は愛媛県の石鎚山[いしづちさん]に、そして一枚が三徳山に舞い降り、これらの山を修験道の行場として開いた。修験道とは日本独自の神仏習合の山岳宗教だ。

 山を神仏と敬い、過酷な修行を重ねて、悟りを体得する。三佛寺の米田良中[りょうちゅう]住職によると、「修験道の要は六根清浄です。眼、耳、鼻、舌、身、意、つまり五感と心を研ぎすまし罪や穢[けが]れを清浄する」。三徳山信仰は後に天台宗の慈覚大師円仁[じかくたいしえんにん]によって釈迦如来、阿弥陀如来、大日如来の三尊が安置され、寺号が三佛寺となった。

岩壁が頭上を覆う観音堂も絶壁の岩窟に建てられている。観音堂の背後の「胎内くぐり」を通り抜ける。写真手前はすぐ断崖で、足下から谷底まで切れ落ちている。左手前が参拝道で注意しないと危険。

難所のクサリ坂を過ぎると文殊堂だ。岩壁の急斜面に「懸造り」という工法で建てられている。手摺のない危なっかしい回廊からは絶景の見晴らし。

参拝道から見上げた地蔵堂。文殊堂と同じ急斜面に建つ懸造りだ。重機のない時代にここまでどうやって運んだのか不思議。

2本の杉の巨木に囲まれた結界門をくぐり、宿入橋を渡ると修験の行場だ。

参拝道は急坂続きで最初の難所がカズラ坂。複雑に絡んだ巨木の根っこを手がかり足がかりに登る。

クサリ坂は行程中、最大の難所。クサリを頼りに岩の突起に足を置き、慎重に、しかし大胆に登る。

三佛寺本堂。内陣には須弥壇が設けられ、秘仏である阿弥陀如来像が安置され、山岳信仰の拠点として火渡り神事などが行われる。

入峰修行受付所。入山者は六根清浄と書いた「輪袈裟」を掛ける。入山チェックで履物が不適と判断されると「わらじ」に替える。

三徳川畔の遥拝所。投入堂まで行けない人は、ここから参拝する。

 盛時には41の堂宇に僧坊が3,000、寺領は1万町余りの威容を誇り源頼朝や足利義満にも尊崇された。それらの堂宇や坊舎はことごとく兵火で焼失したが、岩壁の投入堂は建立時のまま残った。建てられたのは平安時代後期といい、年輪年代測定で科学的に判明している。三佛寺では最古の木造建築でもある。その投入堂を目指して入山した。

 県道の三徳山参道入口から長い石段を登って三佛寺へ。本堂の裏に入峰修行受付所がある。入山は登山でなく修行。雨天荒天は入山禁止、そして入山には厳しいチェックがある。2人以上でないと入山できないし、履物や服装の規制もある。受付所から投入堂までの高低差は約200m、距離は直線にしてわずか1kmに足らない。

 ところが急坂に岩壁の連続。原生林の中を通じる道は自然のままの険しい行者道。絡み合う木の根をよじ上る。滑る急坂を両手両脚で踏ん張って這い登る。クサリに頼り重力に逆らって岩の壁をよじ登る。息も絶え絶えの艱難辛苦[かんなんしんく]の末にこそ、投入堂との感動の対面があった。まさに六根清浄の修行場だ。

 道は困難ゆえに感動も大きい。それにしても絶壁にどうやって建てたのか。工法は現在も謎のままで、投入堂はまさに奇跡の国宝だ。

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