続・沿線点描 スローな旅 錦川清流線 川西駅〜錦町駅(錦川鉄道/山口県)

瀬戸内の街から清流・錦川に寄り添い、山峡の町へ。

錦川清流線は、山口県の川西駅から錦町駅を結ぶ全長32.7kmの路線。1987(昭和62)年に第三セクターとして開業した。錦川清流線は錦川に沿って、山陽から中国山地へと向かう。自然溢れる景勝美を車窓に、山間の錦町を目指した。

錦川鉄道の車両は沿線の魅力をイラストにしたラッピング列車。青「せせらぎ号」、桃「ひだまり号」、緑「こもれび号」、黄「きらめき号」が走る。

清々しい川の流れを車窓に映して走る

岩国藩主・吉川広嘉(きっかわひろよし)によって1673(延宝元)年に創建された錦帯橋。木造5連のアーチ橋梁の長さは210m、幅5m。

岩国市川西にある女流作家宇野千代の生家。梅、桜、紅葉、苔などで彩られた日本庭園があり、宇野千代をしのんで茶会も開かれる。

宇野千代の生家の庭に植えられた「薄墨の桜」。

 錦川清流線の前身は国鉄岩日線。当初は山陽本線岩国駅と山口線の日原駅を結ぶ陰陽連絡線として計画されたが、実際には全通しなかった。貨物輸送を目的にした路線で、現在は錦川鉄道の観光路線として人気を集めている。

 錦川清流線の起点は川西駅だが、全車両がJR山陽本線岩国駅に乗り入れている。列車は0番線ホームから発車し、隣の西岩国駅へ着く。瀟洒な洋風駅舎は錦帯橋を模した外観で、国の登録有形文化財に登録されている。駅から西に向かうと錦川に架かる木造5連のアーチ橋が姿を現す。錦帯橋だ。特にアーチの構造は建築学的に評価が高く、また地域の人々の生活の橋ともなっている。

 その錦帯橋から旧山陽道沿いに徒歩で約20分ほど行くと、岩国が生んだ女流作家・宇野千代の生家がある。千代自身が修復した旧家は明治の佇まいを現在に残し、庭には作品『薄墨の桜』のモデルになった岐阜県根尾村の老樹(樹齢1400年)の苗木から育てたという「薄墨[うすずみ]の桜」が植えられている。その最寄りの川西駅から徐々に景色は山気[さんき]を帯びて、山の樹木はさらに鮮やかに輝く。

錦川に架かる沈下橋の「守内橋」。沈下橋は大雨などの増水時に沈む橋のことで、錦川には他にも「細利橋」、「長走橋」などの沈下橋が架かっている。

 森ヶ原信号場で岩徳線と分岐した列車は、山陽新幹線新岩国駅と隣接する清流新岩国駅を過ぎ、守内[しゅうち]かさ神[かみ]駅へ。駅からほど近くの車道には欄干のない橋がある。「守内橋」は、錦川に架かる沈下橋の一つで、川の水面に近い高さに調節されている。増水時に流木などが橋にひっかかりにくくし、洪水を防ぐためなのだそうだ。

錦川清流線のビューポイント、5段になって流れる「清流の滝」。

 列車はさらに先へ進むと竹林に入る。この竹林も錦川増水時の氾濫を緩和するための予防策で、暴れ川と呼ばれた錦川の流域地区ならではの川と共生する知恵と工夫が凝らされている。

 列車は行波[ゆかば]駅を過ぎるとトンネルを何度も抜け、清流線で唯一、上りと下りの列車の行き違いが可能な北河内[きたごうち]駅に着く。ここからが錦川清流線の見どころで、列車は蛇行する錦川に寄り添って走る。エメラルドグリーンに輝く川筋はまさしく清流だ。列車はやがて減速し、徐行運転を始めた。車内アナウンスからは「五段の滝が見えるのは清流の滝、そしてかじかの滝です」。観光列車ならではのはからいに、乗客は車窓に釘付けだ。そんな景勝の風景に見入っていると、あっという間に南桑[なぐわ]駅に到着した。

錦帯橋の意匠を模した端正な姿の「西岩国駅」

錦帯橋のアーチ橋を模した重厚な外観の「西岩国駅」。

駅舎内に設けられた「ふれあい交流館西岩国」。

 西岩国駅は1929(昭和4)年に、岩徳線の「岩国駅」として開業した時の駅舎。駅舎は大正末期の洋風建築で、外観は錦帯橋をモチーフにしている。1934(昭和9)年に岩徳線の全通により山陽本線管轄の駅として変更され、錦帯橋への表玄関として隆盛を極めた。その後、1942(昭和17)年に再び「西岩国駅」に改称され、1944(昭和19)年に岩徳線に編入された。

 現在の西岩国駅は、「ふれあい交流館西岩国」として地域交流の場としても利用される。2006(平成18)年に国の登録有形文化財に登録された。

清流の町、“まちぐるみ博物館”へ

中国山地の大自然の中を走る列車。(南桑駅〜根笠駅)

 南桑駅周辺は国の天然記念物「南桑カジカガエル生息地」に指定されている。夏場には涼やかな鳴き声が響くそうで、カジカの合唱に耳を傾けるのもいい。

 隣の根笠[ねかさ]駅から南に少し離れたところに、かつての旧鉱山跡地の一部をテーマパークとして再利用した「地底王国 美川ムーバレー」がある。鉱山としての歴史は戦国時代にまで遡り、錫[すず]や銅を採掘し、タングステンは日本一の採掘量を誇ったという。周辺には弘法大師が刻んだと伝わる岩屋観音が鎮座する。洞窟の中に安置された木仏は、鐘乳石の水滴によって石仏化した観音様だ。

岩屋観音の鍾乳洞に安置された天然記念物の観音像。

旧河山鉱山からの貨物輸送で賑わった河山駅。駅構内には、かつて列車の進行を切り替えた転轍機が残る。

 列車は再び徐行し、山峡の中に映える錦川の清流を存分に見せてくれ、蛇行する流れが風景にアクセントを加える。そして駅構内が広い河山[かわやま]駅だ。貨物路線として隆盛を極めた頃の主要駅で、河山鉱山から産出された銅などをここから積み出し、1日平均800tもの量が岩国港へ運ばれた。当時は路線名称を“河山線”にするという話もあり、駅敷地内には名残の転轍機[てんてつき]が現存する。

日本有数のタングステン旧鉱山跡地「地底王国 美川ムーバレー」

全長約1kmに及ぶ地底空間には、巨大な石像や神殿、壁画などが迷路のように続く。

超古代文明をコンセプトにしたテーマパークで、大人も子供も楽しめる。

 根笠駅の南に位置する「地底王国 美川ムーバレー」は、1996(平成8)年にオープンしたテーマパーク。前身は「玖珂[くが]鉱山」で、タングステンを中心に採掘されていた。1983(昭和58)年には、国内のタングステン鉱の40%を占めた大鉱山だったが、時代の流れで閉山した。現在は観光施設として利用され、坑道の総延長は約43km。その内の約1kmが見学可能だ。施設では、迷路のように続く坑道跡を探検するだけでなく、「砂金採り体験」や「天然石掘り体験」も楽しめる。

列車は山深い錦町駅に到着。錦町駅と雙津峡(そうづきょう)温泉駅を結ぶ遊覧車「とことこトレイン」にはここで乗り換える。

懐かしい風情を残す錦町の町並み。

錦まちぐるみ博物館「こんにゃくミニ資料館」のスタッフ、山本さん(右)と角幸枝さん(左)。「錦町の人たちは、各家でもこんにゃくを作っています。錦川の清流はこんにゃく芋を育てる環境に適しているからなんです」と話す。

 旅はいよいよ終盤。トンネルを抜けた列車が錦川を渡れば、終着の錦町[にしきちょう]駅に到着だ。岩国駅から約70分。錦町は「錦まちぐるみ博物館」と謳って、駅前より続く「ひろせ本通り商店街」を中心に8つの「ギャラリー店」と9つの「テーマ館」で錦町の歴史や文化を紹介している。駅の待合室にも「鉄道グッズ展示館」として鉄道グッズが展示され、商店街には小規模の博物館が点在する。

 まちぐるみ博物館の一つで、錦町特産物のこんにゃくを紹介する「こんにゃくミニ資料館」の山本月美さんは、「昔は商店街も賑やかで、映画館もありました。13年前から始めた町おこしですが、少しでも錦町を知って足を運んでもらえたらという思いです」と話してくれた。

 商店街を南に抜けると、錦川が悠々と流れている。初夏には、河畔でホタルの光る幻想的な風景が見られるという。瀬戸内から中国山地を縦断した錦川清流線は、まさにその名の通りに美しい清流を辿る旅であった。

とことこトレインの終点駅は雙津峡温泉。温泉郷を流れる宇佐川の源流は名水百選にも選ばれた。地下1,000mから噴き上げる温泉はラドンを多く含有する。

幻の“岩日北線”を走る遊覧車「とことこトレイン」

山口県内の大学生や幼稚園児などが、6色の光る石で描いた「きらら夢トンネル」。

愛知万博で使用した電気自動車を導入している「とことこトレイン」。「ガタくん、ゴトくん」の愛称で活躍中。

 とことこトレイン」は、錦町駅からさらに北の雙津峡温泉駅までの約6kmを錦川支流となる宇佐川に沿って走る遊覧車だ。コースは、錦町駅から山口線日原駅の開通を目指した幻の「岩日北線」の一部だ。路盤は完成しながら岩日北線の開通が1980(昭和55)年に中止され、線路敷設の必要性がなくなったことから現在はその区間の一部が利用されている。

 錦町駅を出てすぐの「きらら夢トンネル」は見どころの一つで、6色の光る石で装飾された600mの区間は圧巻。幻想的な世界が広がっている。運行は土日祝日、春休み、夏休み。

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