長町の武家屋敷跡。鍵の字に曲がった石畳の細い街路、長い土塀が続く佇まいは藩政時代そのままだ。

特集 石川県金沢市 加賀料理

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加賀百万石の伝統が育んだ食文化

金沢駅のもてなしドームと鼓門(つづみもん)。ドームは雨の多い金沢を訪れる人に差し出す雨傘をイメージし、鼓門は金沢の伝統芸能の能楽の鼓を模している。(写真:金沢市提供)

 金沢駅は、東京から北陸新幹線で来たという海外からの旅行者で賑わっていた。東口に出ると、一様に天井を見上げてしきりに感心している。ガラス張りのドームが頭上を覆い、鼓を模した巨大な「鼓門」は、謡曲が盛んな金沢らしい出迎えのしつらえで、金沢駅は国内で唯一「世界で最も美しい駅14選」に選ばれた。

 駅の東口から正面の通りを真っすぐ進むと、金沢城、兼六園に至るが、その途中に「近江町市場」がある。地元では音を縮めて「おみちょ」と言う。江戸時代から300年続く金沢の台所で、プロの料理人も家庭の主婦もここで食材を揃える。約200店がひしめく市場内は、行列ができるほどの観光スポットとなり、早朝から威勢のいい声が飛び交っている。

 鮮魚店の店先には、今朝水揚げされたばかりの魚介が並ぶ。ズワイ蟹、のどぐろ、かれい、寒鰤、鱈[たら]、アンコウ、ふぐ、鯛、牡蠣…、見て回るだけでも楽しくなるほど漁種が豊富だ。青果店をのぞくと伝統の加賀野菜が並んでいる。源助だいこんに加賀れんこん、五郎島金時、打木赤皮[うつぎあかがわ]甘栗かぼちゃなど、加賀野菜は15品目が認定されていて、京野菜と並び全国的に人気のブランド野菜だ。

近江町市場は金沢の台所。300年の歴史があり、日本海からの豊富で新鮮な魚介類が揃い、四季折々の加賀料理を彩る地元の魚介が店頭に並ぶ。

 魚介類は日本海に面する金石[かないわ]港や金沢港で水揚げされ、加賀野菜は金沢市街地近郊で古くから栽培されている土地の野菜だ。地元の人はそれらを「地物[じわもん]」と呼ぶ。これらの地物が加賀料理を彩る食材だ。加賀料理というと、加賀藩時代の大名料理をイメージしがちだが、実は金沢の家庭で伝統的に作られている郷土料理をいう。

 新鮮な食材が豊富にあると、自然と舌は敏感になり、研ぎ澄まされる。郷土の料理だが、加賀料理はその洗練さにおいて秀でている。「加賀料理」という言葉を最初に使ったのは吉田茂元首相の長男で、文筆家で食通の吉田健一氏といわれる。冬には決まって金沢を訪れたそうで、金沢料理とせずに、加賀としたのは氏の見識だ。

金沢市街地から北の郊外、金沢港の風景。沖合すぐは好漁場だ。一年を通じて漁種豊富な魚介類が近江町市場に水揚げされる。対岸にある五郎島地区は、五郎島金時の産地。

 食材の調達に関して、金沢ほど地の利に恵まれた都市はまれだ。目の前が日本海、しかも暖流と寒流がぶつかる好漁場で、魚介類は年間を通じると200種類以上にもなる。背後には白山連峰からの豊かな水系が肥沃な加賀平野を潤す。海と山と里から四季を通じて豊かな食材が揃う。しかし、それだけでは加賀料理の洗練さにはならない。

 加賀藩の伝統文化に根ざしてこそ、加賀の郷土料理は加賀料理となる。外様であった加賀前田家は、武よりも芸能や学問に力を注いだ。それが独自の美意識を育む。万巻の和漢の書籍を蔵する加賀藩を、新井白石は「天下の書府なり」と羨[うらや]んだ。茶道や能楽が盛んになると同時に、華麗で緻密な美術工芸を奨励し、京から名人を招いて洗練を極めていく。

金沢市の郊外、安原地区では加賀野菜の源助だいこんが、篤農家によって栽培されている。肉質が柔らかく肌がきれいなことから、「天下一品の味」と評されている。

 茶道や能楽を町人も嗜[たしな]んだ。「空から謡[うたい]が降ってくる」とは、広く庶民までも謡を嗜むという独特の藩風を言い表している。参勤交代によってもたらされる江戸の文化と京の都や上方の文化が混じり合い、さらに武家文化は町民文化と交わり、互いに響き合いながら時間をかけ、ゆっくり錬磨を重ねてきたのが加賀文化だ。

 同じように加賀の郷土料理は、武家社会の社交のおもてなしとおよばれの文化や、茶事の作法を取り入れながら洗練されていった。その洗練さとは金沢ならではの美意識で料理を演出することにある。料理と器の一体感だ。土地の食材を舌で味わい、九谷焼や大樋[おおひ]焼、山中漆器や輪島漆器など地元の器に盛り付けて目で味わう。器づかいで料理の味は一層際立つというのである。

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