鉄道に生きる

正木 義孝 米子支社 出雲保線区 係長

熟練の技術と経験を保線の現場に継承する

レールの位置に目線を合わせ、5mごとに波形や高さを確認する作業。正木は、線路の状況を判断しながら、ジャッキで上げる高さなどを的確に指導していく。

鉄道を根底から支えるという使命

地道な点検作業が、安全と快適性を支える。経験が浅い頃、道具の使い方を誤りケガをしたという正木。「自分の経験が若手へのアドバイスになる」と、指導に生かしている。

 毎日、多くの乗客を目的地へと運ぶ列車。線路は、高速で走る列車の衝撃や車両の重さを直接受けるため、そのままにしておくとレールに歪みが生じたり、バラスト(砕石)の形が崩れて沈下するなど、徐々に劣化していく。線路が受ける日々のダメージを放置しておけば、揺れや騒音などの乗り心地の低下に繋がるだけでなく、安全な走行にも支障を来すことになる。線路を保守点検することによって、常に良好な状態に維持する保線業務は、鉄道の安全を根底から支える重要な役割を担っている。

 正木は1975(昭和50)年、国鉄時代の出雲保線区に配属されて以来、浜田保線区、米子保線区などで経験を重ね、40年以上にわたって線路を守り続ける保線のエキスパートだ。京都駅を起点に日本海沿いを西へと延びる山陰本線の線路は、風景とともにその特徴が浮かぶほどに熟知している。現在の管轄は、山陰本線の米子駅から田儀駅まで約80km、および木次[きすき]線の宍道駅と備後落合駅を結ぶ約81km。海水や風の影響を受ける区間もあれば、冬場は大雪に見舞われる山間の路線も保守管理する。

 「保線は経験工学。安全に、正確に保守する技術は、現場での経験を積み重ねることで身に付きます」。山陰本線は月1回、木次線は45日に1回の周期で実施する線路巡回。正木は若手とともに実際に線路を歩き、自身が培った技術や知識を現場で継承する。

現場で培われる安全への視点

雪深い木次線において除雪で活躍するモータカーロータリー。点検では、トランシーバーで合図を送り、ウィングなどの動きをチェック。

 列車の走行の安全性や乗り心地は、線路の状態に左右される。そのため、“線路の異常”を見逃すことなく、適切に保守する目的で行われる線路巡回は、保線の要ともいえる重要な業務だ。

 今、出雲保線区が管轄するほとんどの区間において、巡回作業は列車運行のない夜間に3人1組のチームで行われている。昼間の巡回も、1人が列車の見張り番になり、2人が作業するというルールで、作業員の安全管理を徹底する。夜間、暗い中での作業も目視による点検が基本。軌道自動自転車のライトで照らしながら、周辺の環境も含め視線を注ぎ、わずかな異変にも目を光らせる。レールとレールの接続箇所をハンマーで叩いて歩き、継目板ボルトが緩んでいないかどうか、打音でも確認していく。「ボルトの緩みは点検時に補修できますが、例えばレールの歪みを発見した場合はその場では対応できません。必要な補修のためには、列車を止めるという厳しい判断が求められることもあります」と語る。

 以前、列車に乗って巡回していた正木は、帰りの車中で行きとの違いを感じたことがあった。なぜか、ある箇所のバラストの色が黒くなっていたのだ。運転士も同乗していた他の社員も気付かなかったが、不安を感じた正木は列車の運行を止めるよう連絡し、自身はタクシーで急ぎ現場に戻った。すると、草で覆われた線路の斜面が崩れているのを発見。崩れた部分が影になり、バラストの色が黒く見えていたのだ。「もし列車が通っていたら、何らかのトラブルに繋がっていたかも知れません。違和感を感じたら現場を確認するという基本姿勢が、列車の安全走行を支えます」。

受け継がれる技術と精神

積雪のある日は、始発の列車が動く前に除雪を終わらせる。こうした日々の作業が、列車運行の安全と安定を支えている。

 正木は、巡回に限らず、何かあれば必ず若手社員を連れて現場に出向く。事故後の処理や豪雨時の警備なども若手に経験させている。その際、正木は後方支援に回り、まずは自分でやらせてみるそうだ。見逃している場合は指摘し、見るべきポイントを指導する。「私自身が先輩から叱られながら学んだように、必要な時には叱ることもあります。安全に関わる部分は、特に厳しく注意します」と話す。保線の道具は重いものが多く、持ち方や力の入れ方を誤るとケガをする危険があるため、現場では若手のスパナを締める姿勢にも目を配る。また、ロータリー車による冬場の除雪作業では、線路だけでなく、左右100mの地形や環境を把握するよう徹底し、雪を飛ばす向きを変えるなど、暗い中での的確かつ安全な作業を心掛けている。「叱る時は記憶に残るように大きな声で叱り、身に付けさせる」というのが、現場における正木の信条だ。安全のためには、嫌われ役も必要と笑う。指導を受ける若手の1人はこう話す。「叱られる時は、自分が間違っている時。教えてもらったことは、確実に覚えるように心掛けています」。保線の匠が培ってきた技術と精神は、次代を担う若手たちへと着実に受け継がれている。

※線路巡回や災害時の緊急連絡用として使用する作業用自転車。
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