「お水送り」の儀式は、遠敷川(おにゅうがわ)沿いの「神宮寺」のお香水(こうずい)を汲み、白装束に白布で顔を覆った神官らが、上流の鵜の瀬に流して奈良東大寺二月堂の「若狭井」に送る。奈良時代から続けられる悠久の神事だ。

特集 福井県小浜市 御食国若狭

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豊饒の"ワカソの海"の御食国

遠敷川上流の鵜の瀬。ここで「お水送り」の神事が行われる。名水百選に選ばれている清流だ。

 春を告げる奈良東大寺、二月堂の「お水取り」が行われるのは毎年3月12日の深夜。これに先立つ3月2日夕刻に、若狭では奈良に向けて水が送られる。「お水送り」の神事だ。古来、若狭と奈良は地下水脈で繋がっていると言い伝えられるほど、互いの結び付きは深い。

 福井県小浜市、というより若狭国小浜と表す方がしっくりする。国府が置かれていたともされる小浜は律令時代の若狭国の中心。諸説ある若狭の語源の一つに、「ワッソ(行く)」、「カッソ(来る)」という朝鮮半島の古語を合成した「ワカソ」が転じたという説があるが、古代の若狭の歴史を重ねると、俗説としても一理ある。

 小浜駅前の真っすぐな通りを10分も歩くと、青々した海が広がった。若狭湾の内湾である小浜湾は、内外海[うちとみ]半島と大島半島に抱きかかえられるようにあって、波静かな天然の良港だ。町の北東に久須夜ヶ岳[くすやがだけ]を仰ぎ、町のすぐ背後に大伴家持が『万葉集』に詠った後瀬山[のちせやま]が迫っている。

内外海半島から眺める小浜湾。小浜市街の背後の小高い山は、大伴家持が『万葉集』に詠った後瀬山。『枕草子』にも記され、その山裾に若狭街道(鯖街道)が通る。

 後瀬山の急坂を息も絶え絶えに山頂まで登ると、小浜の海が樹間に見え隠れする。日本海に開いた小さな湾口を、古代、大陸や朝鮮半島から多くの船が往来し、小浜を経て人、物、文化が奈良の都にもたらされた。風景はその時とさほど変わっていないだろう。湾内に帆を張った無数の船が行き来する光景が想像できる。

いづみ町商店街は「鯖街道」の起点。朝どれの鯖を一塩して、一昼夜かけて京都に運んだことから鯖街道と呼ばれた。商店に並ぶ浜焼き鯖は食欲をそそる小浜の郷土料理だ。

若狭近海で獲れるレンコダイでつくった小鯛ささ漬は、若狭小浜の名産だ。

 朝鮮半島の東岸から船出すると、対馬海流に乗って辿り着くのが若狭、敦賀、能登半島だ。はるばる海を渡って遠来の船は穏やかな小浜湾に碇[いかり]を下ろした。小浜は、奈良や京にもっとも近い日本海側の玄関口だったのだ。

 海は魚影が濃く、漁種も豊富な好漁場。そんな海の恵みは、御贄[みにえ]として朝廷に献上された。調[ちょう](税)として塩のほか、アワビ、雲丹[うに]、鯛、かれい、鯖、なれずしや干物。そんな荷札の木簡が藤原京跡や平城京跡から多く出土している。

 都が京都に遷都されて、若狭と京都との関係はますます密接になり、若狭ぐじ、若狭かれい、鯖といった海産物は「鯖街道」を通じて京都に運ばれた。以来、今日もなお「若狭もの」と呼ばれる小浜の海産物は京都の料亭や食卓、伝統行事に欠かせない。そういう近しい結び付きを表した言葉が「京は遠ても十八里」だ。江戸時代には、北前船の寄港地だった小浜は、西回り航路が開発されるまで一大物流拠点として繁栄を謳歌した。

港近くの「御食国若狭おばま食文化館」では、朝廷に食材を献上した御食国の伝統のほか、若狭の食文化を分かりやすい展示で教えてくれる。

市内の公私立の保育園児、幼稚園児を対象にした「キッズキッチン」の様子。料理を通して日本や郷土の食文化や、協力し合うこと、礼儀作法などを教える「食育」のプログラムを実践している。

 小浜市は2001(平成13)年に、「御食国」の伝統を礎に全国で初めて「食のまちづくり」条例を制定した。条例の序文には「御食国の伝統を継いで食に豊かな町として発展していきます(要約)」と記されている。取り組みには市民全員が参加し、幼児から高齢者までの各年代層ごとの「食育」を中心に、産業振興や生活全般に関わる。

 その活動の中核施設となるのが「御食国若狭おばま食文化館」だ。テーマは若狭の食文化の伝統に根ざし、「料理を教えるのでなく、料理を通して伝統と文化を学ぶ」。「食のまちづくり」は、さまざまな賞を受賞し、国内外のメディアにも多く取り上げられている。そんな御食国若狭の伝統は日本遺産の第1号にも認定された。毎年冬には名物の若狭かれいが宮内庁に献上されるなど、御食国の伝統は今も継がれている。

 古い家並みが続く通りは今は静かに佇むばかりだが、大きな料亭であった屋敷などが残り往時の賑わいが偲ばれる。そして小路には必ずお地蔵さんが祀ってある。小浜は信仰心の篤い土地でもある。

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