沿線点描【阪和線】天王寺駅から和歌山駅(大阪府・和歌山県)

葛城・金剛の山々を車窓に摂津、和泉、紀州を結んで走る

今回は大阪・南の玄関口、天王寺駅から阪和線に乗って和歌山駅まで全行程61kmを旅した。
快速電車なら乗車時間は約1時間だが、途中下車して回る見どころが多い。
葛城、金剛の山々を眺めつつ紀州・和歌山を目指した。

和歌山駅へと向かう列車が停留する、阪和線天王寺駅の頭端式ホーム。

「てんのじさん」から日本有数の古墳地帯へ

 天王寺は、聖徳太子が建立した七大寺の一つ「四天王寺」の略称。地元では親しみを込めて「てんのじさん」と呼ばれる。寺にほど近い天王寺駅は大阪南地区の玄関口だ。大阪市街の中心部をループで結ぶ大阪環状線、奈良・名古屋を結ぶ関西本線(大和路線)が乗り入れる主要ターミナル。和歌山へと向かう阪和線の起点でもある。

 近年、天王寺駅界隈は開発が著しく、駅前から動物園までの沿道もすっかりきれいに様変わりした。人通りはいつもながら賑やかだが、この日は特に駅から北に続く沿道に人の列。なんだろうと傍らのご婦人に尋ねると、「ああ、今日はね、てんのじさんの太子会[たいしえ]の日なんやわ」とのことだ。

四天王寺で毎月21、22日に催される縁日。21日は弘法大師の月命日による「大師会」。22日は聖徳太子の月命日による「太子会」。沿道も境内も参拝客によって大いに賑わう。

長居球技場を車窓に高架を走る。(鶴ケ丘駅〜長居駅)

 毎月21日は弘法大師、22日は聖徳太子の月命日で、四天王寺の縁日だ。沿道には露店が並び、境内では蚤の市が開かれていた。骨董品を売る店、古着や日用品を売る店など300店を超す店が出て大賑わいだった。境内を一巡した後、天王寺駅に向かった。阪和線は天王寺駅が起・終点となり、頭端式と呼ばれるホームとなっている。今では多くの快速電車が大阪環状線に乗り入れ、以前ほどの混雑は少なくなった。

 電車は高架線で住宅密集地を走る。車窓から「長居球技場」を眺め、大阪市立大学と隣接する杉本町駅を過ぎて、大和川を越えると泉州だ。堺市駅まで約10分。途中下車して「方違[ほうちがい]神社」を訪ねた。地元では「ほうちがいさん」と呼んでいる。

 社伝によると創建は紀元前90年という由緒ある神社だ。摂津、河内、和泉の三国の境にあって「どの方角にも属さない神社」として転居や旅行など、方災の厄除けにご利益があるとされる。入唐する弘法大師や福原京に都を移した平清盛も、ここに立ち寄って祈願したという。

崇神天皇8年、勅願により創建されたと伝えられる方違神社。古来より方災除けの神として参拝者が絶えない。

堺市役所から堺市駅方面を望む。手前の緑地は反正天皇陵で、その左に隣接して方違神社がある。

 支線の東羽衣[ひがしはごろも]線と連絡する鳳[おおとり]駅を過ぎると北信太[きたしのだ]駅。ここには創建708(和銅元)年という由緒ある「信太森葛葉稲荷[しのだのもりくずのはいなり]神社」がある。平安時代の陰陽師、安倍晴明の出生地は大阪の阿倍野といわれるが、母親とされる白狐の化身である葛の葉姫の里が信太森。晴明の父、阿部保名[あべのやすな]と葛の葉姫の悲恋は文楽や歌舞伎でも演じられる。ちなみに、関西では「きつねうどん」のことを「信太」とも言うそうだ。

信太森葛葉稲荷神社。信太森神社や葛葉稲荷とも呼ばれる。歌舞伎で演じられる「葛の葉子別れの段」は特に有名。

2つの城下町とエキゾチックな空港

 車窓の左手、東の方向に葛城、金剛のたおやかな連なりを眺めて電車は東岸和田駅に到着。岸和田城や旧城下町へは少し遠いが、古い町並みの風情が見どころだ。現在の岸和田城は再建されたものだが、天守閣に登ると、大阪市街地から摂津の山々、六甲の峰々、そして明石海峡まで圧巻の絶景が望まれる。そして、紀州街道沿いに格子の商家が続く歴史地区の家並みは散策の楽しみだ。そしてやはり、だんじり。「だんじりは生活の一部、岸和田の文化や」と土地っ子は誰もが誇らしげに言う。

 東岸和田駅を出発した電車は10分ほどで日根野[ひねの]駅に到着。特急「はるか」はこの駅で阪和線と分かれ、長大な鉄橋を渡って関西国際空港に向かう。少し時間をとって関西国際空港に寄り道するのも良い。次々と離発着する航空機の迫力は見もので、とりわけさまざまな照明でライトアップされた夜の眺めは美しい。

全国的に有名な「岸和田だんじり祭」。疾走するだんじりは勇壮で迫力満点。

紀州街道が通る、岸和田の本町。城下町の商家地区で、風情ある家並みが続く。

泉州沖に浮かぶ関西国際空港の夜景。ターミナルビルや滑走路を照らす色とりどりの光が美しい。

 日根野駅から3つ隣の和泉砂川[いずみすながわ]駅の駅舎は鉄道ファンに人気がある。旧阪和電気鉄道時代の名残で、赤屋根の駅舎を写真に収める鉄道ファンが全国からやって来るそうだ。電車は泉州と紀州を分かつ和泉山脈山中の山中渓[やまなかだに]駅を通過すると、もう紀州の国。トンネルを抜けて紀ノ川に架かる鉄橋を渡り、紀伊中ノ島駅を経て、ほどなくすれば終着の和歌山駅に着く。

 町の空気感がなんとなく温暖に感じる。和歌山は徳川御三家・紀州徳川家の居城。“暴れん坊将軍”でお馴染みの徳川8代将軍吉宗の出身地だ。和歌山城は駅から徒歩で約20分、小高い虎伏山に聳[そび]える白亜の三層の美しい城。城造りの名人、藤堂高虎による築城で、紀州特産の青石をふんだんに使った石垣はさすが五十五万五千石の威厳だ。

 阪和線で往く天王寺から和歌山への旅は、泉州の大らかさと紀州の穏やかな風景を満喫させてくれる。

阪和電気鉄道時代の名残の赤い三角屋根を備える和泉砂川駅の駅舎。

紀伊中ノ島駅の古レールを使ったホーム上屋。官営八幡製鉄所創業初期に製造されたレールが並び、登録鉄道文化財に指定されている。

虎伏山の頂上に建つ白亜三層の和歌山城。現在の天守閣は、戦災後の1958(昭和33)年に再建されたもの。城内には、徳川家ゆかりの遺品などが展示されている。

もっと巡りたい風景 山全体が修験道の道場、犬鳴山

七宝瀧寺奥の「行者の瀧」。滝に打たれて修行をする。女性でも滝修行を体験できる。

「行者の瀧」には全国各地から人々が禊ぎに訪れる。瀧修行は3月から11月の第三日曜日(変更あり)に行われ、要予約で申し込めば一般でも体験できる。ただし、入瀧作法の心得のある人に限るという。

 関西空港線への分岐駅、日根野駅で途中下車して犬鳴山に足を延ばした。犬鳴山は役行者[えんのぎょうじゃ]が開山した葛城修験根本道場で、大峰山より開山は古い。犬鳴の由来は、猟師が鹿を射ようとした時、連れの犬が吠えて鹿をとり逃がし、怒った猟師が犬の首をはねたが、吠えたのは大蛇から主人を守るためで、はねた犬の首は大蛇に噛みつき、主人を守ったという忠犬伝説に因んでいる。

 犬鳴山は女性でも行場に入山できる。バス停から行者の拠点「七宝瀧寺[しっぽうりゅうじ]」までの渓流沿いの参道は樹林に覆われ、苔むした巨岩や岩壁に祀られた石仏などが目を楽しませてくれる。原生林と48滝の渓谷美で知られ、全国から行者が修行に来る。七宝瀧寺では体験の修行ができ、女性の参加者も多いそうだ。ハイキングにも最適のコースだ。

 そして犬鳴山のもう一つの顔は温泉。伝承では、南北朝時代にまで遡[さかのぼ]り、兵士の傷を治したと伝わる古湯で、数軒の温泉旅館がある。天王寺から約1時間強で、手軽に手つかずの自然が堪能できる。七宝瀧寺で邪心を払い、犬鳴山の温泉で心身を癒すのもいい。純重曹泉で神経痛や糖尿病などに効能があるそうだ。

犬鳴山温泉の源泉が湧く「山乃湯」。純重曹泉で美肌効果もあるそうだ。

鬱蒼とした森林と渓谷美で知られる、名勝犬鳴山。約1300年前に修験道の開祖、役行者によって大和の大峰山より6年先だって開山されたと伝えられている。

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