清川の集落には山々に抱かれた美しい棚田が点在する。見た目に美しい棚田を維持するのはなかなか大変だ。谷から水を引き込むが、大雨で石垣が崩れることもある。

特集 紀州みなべ町 清川

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山と人が共に生きる里山の文化

 みなべの町を見下ろす香雲丘[こううんきゅう]から眺める梅畑の風景は、「一目百万本、香り十里」と讃えられる。風光は桃源郷ならぬ“梅源郷”で、町内の農家の9割が梅農家という「日本一の梅の郷」だ。

 市街地から急な斜面の山々を縫うように南部川を上流へと遡ると、清川の集落に至る。道は蛇行する川に沿ってうねうねと曲がり、小さな橋を渡り、トンネルを抜けて行く。途中の山々の斜面はことごとく、収穫用の青いネットを張り巡らせた梅畑。見上げるほどの急斜面だ。この山道を10数km行くと目指す清川だ。

 南部川の最上流部で、清川地区の集落は世帯数約230、人口約780人。緑が瑞々しい山々、谷あいを流れる渓流、それに段々に重なった棚田の風景。いかにもスローライフを絵に描いたような、律儀で慎ましい里山の風景だ。家々はいくつもの山や谷を隔てた広い地域に点在し、地区の中心となる三叉路には、ごく僅かな施設と建物があるだけだ。

清川の集落を囲む山々の斜面はほとんどが梅畑だ。木の根元に青く敷きつめられているのは収穫用のネットで、完熟した梅が落下して、下に集まる仕組みだ。

 “銀座”と呼ばれる三叉路には、地区の案内板と、公民館、JAの集荷所、ガソリンスタンド、それに小さな雑貨店と食堂。中学校がこの春廃校になった過疎の村なのだが、侘しさがない。「梅と炭があるさかいな」と、訪ねた先のみなべ川森林組合の松本貢さんは話した。梅の栽培と紀州備長炭。この山の恵みがここ清川を豊かに支えているのだ。特に炭焼きは清川の歴史とともにある。

南部川の上流を辿ると、樹々に覆われた山の斜面に100年以上も前の古い炭焼き窯の跡が無数にある。水が確保でき、原木を切り出せる場所に移動しながら炭を焼いた。

森林組合参事で紀州備長炭振興館館長の松本さん。紀州備長炭の通販、新しい用途の商品の開発など、料理用燃料以外にさまざまな販路を広げた功労者。現在の課題は山と森林資源の再生。

「昔っから炭焼きの村」と松本さんは言う。炭焼きの歴史は、梅栽培よりはるかに古く、紀州備長炭が江戸で大評判となるもっと以前だ。空海が伝えたとされる炭焼きの技術は、紀南の山中の各地に広まり「熊野炭」として焼かれた。清川にもそんな長い炭焼きの歴史がある。そして今日まで連綿と炭焼きの文化をつないできた。松本さんはそれを「人と山が共生する文化」だと言う。

 山と共生するために人は「山の木を育て、山をつくる」のだ。人の手が入らない山は荒廃する。山から恵みを得るには知恵が必要なのだ。江戸時代、紀州備長炭は、紀州田辺藩の財政を支えるほど盛んに焼かれ江戸に運ばれ、大いに売れた。しかし炭焼きたちは同時に山を育てた。原木となるウバメガシを皆伐[かいばつ]せず、原木を次の世代に残す「択伐」という知恵を持っていた。

ウバメガシの択伐モデル林(抜き切りによる密度調整伐採)。皆伐によって急速に貴重な原木が減少し、この原木の危機を救うために、江戸時代に行われていた「択伐方式」を復活させた。備長炭の原木になるまでに約30年かかる。

 松本さんは言う。「先人は山から恵みをいただく一方で、山を再生しながら山を守ってきた」。が、清川にも「山林バブル」の時代があった。投機的に山の木が無計画に伐採され、成長の早い針葉樹の植林が繰り返され、バブルが去ると林業はたちまち危機的状況に陥り、気が付いた時には山は荒んでいたという。「結局、儲けに先走って、山のこと考えてなかったんです」。

 そんな山の窮状を見かねた清川の若者たちは立ち上がった。「里山は清川の宝です。村の未来のために、ぼくらは踏ん張ってでも山を守らなあかん」。そう話すのは松本さんらと「みなべ里山活用研究会」を主宰する石上進さん。会う人ごとに「スーさん」と声を掛けられる。清川のことなら滅私奉公の“世話人”の代表のような人だ。

みなべ川森林組合に併設されている「紀州備長炭振興館」では炭の歴史、日本各地のさまざまな炭、そして紀州備長炭の製法や用途を実物展示で解説。即売もしている。

 森林組合理事のほか、梅も栽培し、美しい棚田も守る。訪れる人のために遊歩道も造り、清川の山や自然を守るのに一生懸命だ。それもこれも、「一人でも多く清川のファンになってほしいから」とスーさんは人なつっこい笑顔を見せた。

「何でも屋」を自称する石上さんは所有する5反の棚田のほか、高齢で作業ができない他家の棚田の世話もしている。道路の補修もすれば林道や遊歩道も造るほか、移住のお世話もする。清川の広報になることはなんでもする。スーさんと呼ばれ誰からも信頼され、親しまれる人柄だ。

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