瓢亭の「懐石料理」(※下記注釈参照)

特集 華やか、端麗、繊細…日本料理の源流 京料理

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※瓢亭の「懐石料理」 ○先付/胡瓜と椎茸の胡麻和え(赤絵八角小皿、永楽即全 造)、生雲丹と車海老とオクラの煮凍り(オランダ皿、永楽妙全 造)○向付/明石鯛へぎ造り、トマト醤油、花穂じそ、莫太、山葵、土佐醤油(金ブチぎやまん)○煮物椀/鱧の葛たたき、蓴菜、冬瓜、松葉柚子(てっせん蒔絵煮物椀) ○八寸/瓢亭玉子、鯛と鱧の粽寿司、ごり揚げ煮、岩梨と青唐、はじかみ○炊合せ/賀茂茄子の天ぷら、車海老の油焼き、きざみ葱ときざみ生姜、帆立餡敷き ○焼物/鮎塩焼き、花山椒甘酢漬(赤絵あわび鉢 北大路魯山人 造)○止椀/赤味噌仕立、焼き小茄子、楓麸、粉ざんしょ(夕顔絵 小吸物椀)

「もてなしの心」を尽くした総合芸術

 京料理のおもてなしの心を高度に様式化したのが「懐石料理」である。懐石とは、「修行僧が温石を懐に抱いて身体を温め、空腹をしのいだ」ことにちなむ精進料理から発展した料理である。茶事の席で「濃茶[こいちゃ]をおいしくいただくための虫養い、空腹しのぎ程度の軽い食事です」と話すのは、懐石料理の老舗料亭「瓢亭[ひょうてい]」14代当主、髙橋英一さんである。

 南禅寺の参道で店を構えて400年。静かな佇まいの老舗は、侘びた趣きのいかにも茶人好みの風情。「瓢亭」と染められた小さな旗が玄関の軒先で風に揺れ、壁には大きな草鞋が掛かり、水瓶が置いてある。鮮やかな苔に目を奪われながら、庭の中を流れるせせらぎとともに打ち水をした石畳の露地を進む。まるで深山の庵を思わせる洗練された「静」がある。

 懐石料理を完成させたのは千利休だ。その心と基本は「亭主と客とが心を通わせ合って一つの茶席をつくりあげていく。一緒にすばらしい時間をつくりあげていくことです」と髙橋さんは言う。庭や露地の風情、掛け軸や生けられた花、料理を盛りつける器、どれもが客人を迎える亭主の感性と気配りが込められており、それが「おもてなし」である。

床の間の軸には、瓢箪の中に「この中に一さい合さい入れておきて佛も鬼も遊ばしておく」とある。大徳寺 管長から瓢亭主人への為書き。

 名物の「瓢亭玉子」も、髙橋さんは「実は何でもない普通の半熟玉子」と言うが、「産みたてはあきません。鮮度がよければええというもんではない。3から5日経ったもの。気いつけるのは温度と時間です」。創業以来、一子相伝の名物の半熟玉子一つにも客人への細かな気配りと、ひと手間をうかがわせる。「馳走」とは、客人のもてなしに亭主は走りまわって珍物を求め、食物のあんばいに 腐心し、心を込めて出しつくすことを言うそうだ。

鯛と車海老の粽寿司(器/交趾焼、紅葉手鉢、永楽即全 造)。夏の紅葉をイメージした器の表は淡い緑、裏は紫。盛りつけられた粽寿司と相まって夏らしい瑞々しさを感じさせる。

祇園祭に欠かせない鱧寿司。はじかみを添えて。(器/九谷手まり絵皿、北大路魯山人 造)

苔の緑が鮮やかな庭。池には鯉が優雅に泳ぎ、その向こうに佇むのは、400年前の創業当時のままの茶室「くずや」。

客人をもてなす花は自宅の庭で育て、髙橋さん自ら花器に生ける。「調理場に居るのが何よりも好き。それが私の元気の源」と話す。

 懐石料理は茶道の約束事に従うことが大切で、簡素にして季節の移り変わりを感得する。献立は一汁三菜を基本とした料理と酒。膳出しは飯、汁、向付け、煮物、焼き物。ここまでが一汁三菜で、続いて箸洗いで口を清めて八寸を酒肴に酒を交わす。そして湯斗[ゆとう]と香もので締めくくる。それを季節に応じた食材で供される。 夏なら鱧。祇園祭は「鱧祭り」ともいわれるように京都の夏の食材の代名詞。野菜なら水なす、きゅうり、冬瓜など。

 料理は季節に合った器に盛りつける。「料理が人なら器は着物です。この調和に季節の趣きがあり面白さがあります」。そう話す髙橋さんは「素性の分かった素材」を使い、「すっきり、きりっと、しゃきっと」と料理を盛り付ける。「余白の美しさを 味わう盛り付け方は日本人独特の美意識ではないでしょうか」とも言う。

そういう繊細な感性が、1200年という長い時間とともに磨かれ、根づいているのが京都である。京料理とは、味覚とともに日本人の美意識に触れることでもある。

瓢亭の玄関はさりげない茶屋の佇まいだが、一歩中に足を踏み入れると一切の喧噪から離れて、侘びと静の世界となる。

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