京都の市中を流れる賀茂川を上流へと遡ると、深い森に包まれた貴船神社に至る。社殿わきの崖を伝い落ちる清水は「御神水」。気が生ずる根本、「気生根」が由来ともいう神社は平安時代から水の神様として、京の水源地の一つとして信仰を集めてきた。
茶人や料理人も珍重する御神水を口に含む。軟らかでまろやかな口当り。三方を山に囲まれた京都は、周囲の山々が長い時間をかけて良質の水を生み出し、市中各所に名水が湧き出している。「京都は水の上に浮かんでいる」と例えられるほど地下水が豊富で、この水が京料理に欠かせない京野菜をつくり、繊細な京都の食文化を育んだともいえる。
色鮮やかな京野菜や食材が並び、京の台所とも呼ばれる錦市場も水と深く関わっている。御所に魚を納める仲買人たちがここに市を開いたことに始まるのだが、この市場が栄えた理由の一つに、夏場の食材の鮮度を保つための冷たい豊富な井戸水が、この地で得られたことが挙げられる。その湧き水というのが錦天満宮の「錦の泉」で、以後、今日に至るまで連綿と京の台所を潤し続けている。
青蓮院門跡 飛地境内 将軍塚大日堂から北方を眺めた京都市街。北には北山と比叡山、東には東山連山、西には西山山地の山々が連なる。
ところで、京料理を一口に言うのは難しい。敢えて言えば「京都の水で育った食材を京都の水でとった出汁で調理した料理」ということになるのだろうが、今日言われる京料理を大きく分けると4つの流れがある。平安時代以来の宮中の節会[せちえ]の料理である「有職[ゆうそく]料理」、鎌倉時代に禅とともに日本にもたらされた「精進料理」、さらに今や京料理の代名詞にもなっている「懐石料理」は茶人、千利休の侘びの理念が生み出した。そして「おばんざい」は町方の日々の料理で、そう呼ばれるようになったは昭和期のことである。
「萬亀楼」に伝わる有職料理の献立表。長い巻物になったこの絵図は、二条城で行われた徳川家光の将軍就任の折の献立で、料理と配膳が順を追って色鮮やかに描かれている。
赤の毛氈の上に並べられた嶋台。右からオシドリの雄雌、中央は福玉、左は鯛が二尾。嶋台は祝儀の際に飾られる。
海老、鮑、鮭などの海産物を盛った「萬亀楼」の有職料理。添えられた花は夏の時候の花「むくげ」。
伝統の伝承と雅さの点では「有職料理」である。西陣にある「萬亀楼[まんかめろう]」は、平安時代からの古式に則った生間流式包丁[いかまりゅうしきぼうちょう]を守る有職料理の老舗である。有職とは、御所や武家の儀礼や行事、作法などの定めに従うという意味で、若主人、小西将清[まさきよ]さんは「有職料理は宮中の食の儀式と文化を伝える御料理です」と話すが、「儀式や作法は宮家それぞれに異なりますので、有職料理を一口では申せません」とも言う。
巻物になった絵図で描かれた献立は、見た目にも雅な絵巻である。小西さんは例年、貴船神社の水まつり、祇園祭、料理の神様・藤原山蔭を祀る吉田神社などで、1100年の歴史を持つ生間流式包丁を奉納、披露している。「伝統を守ることは大切なことですが、味はその時代の変化と進歩がないといけません。真似せんと、京都の水で自分とこの味と洗練を堅実、賢明、謙虚に精進し続けるのが大切やと思います」。
この堅実、賢明、謙虚こそが、京都のおもてなしの心ではないだろうか。
御所の食の儀式「生間流式包丁」を披露する「萬亀楼」の若主人、小西将清さん。
京の台所「錦市場」。京野菜のほか海鮮、乾物、漬け物などさまざまな食材が並ぶ。
京料理に欠かせない京野菜。聖護院かぶ、京壬生菜、えびいも、賀茂なす、九条ねぎなどが京の伝統野菜に指定されている。