特集 今に息づく暮らしと住まいの知恵 京町家

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四季とともに生活する京町家の暮らし

 吉田兼好の『徒然草』にこんな一節がある。「家の作りやうは、夏をむねとすべし。…暑き比[ころ]わろき住居は堪へ難き事なり」。盆地である京都の夏は蒸し暑く、また冬は比叡山から凍えるような風が吹きつける。京都の町家は、そんな風土をしのぐ構造と機能を持ち、生活もまた京都の自然と寄り添って営まれている。

 「四季の繊細なうつろいを受けとめて暮らす。季節の節句とともに暮らすというのが京町家の生活です」と話すのは、市内でも最大級の町家に生まれ育った杉本歌子さんだ。1767(明和4)年から240余年続く旧家で、現在の建物は蛤御門の変で焼失した後、1870(明治3)年に再建された。杉本家では旧暦にしたがって四季折々の節句行事が行われ、端午の節句を過ぎれば、「人は衣替え、家は建替え」る。「建替え」とは建具を冬の障子と襖から、夏の葭戸[よしど]や御簾[みす]に取り替え、床には籐筵[とうむしろ]を敷き、座布団や衝立[ついたて]なども夏用に衣替えすることをいう。見た目にも涼し気で、京都の人はそうして「目で涼を感じる」。住居内の空間のしつらえ、敷居や暖簾、表の犬矢来[いぬやらい]や駒寄[こまよせ]にも意味がある。「それは結界です。この線を踏み越えてはいけない、という暗黙の精神的な枷[かせ]です」。家族、使用人、訪問客、それぞれの関係の距離のとり方を、町家の空間としつらえは表している。黙した公と私の棲み分けのルール。これが京都流の節度であり、礼儀作法である。

 ふと障子を見ると、木漏れ日がゆらゆらと映っている。手水[ちょうず]の水が少しの風に波紋を立て、光りが白壁の塀に照らされている。日ごとに陽の傾きが変わり、部屋の中は実にさまざまな表情をみせてくれる。「五感で楽しむ歓び、これも京町家の暮らしです」と歌子さん。代々引き継がれる家の節度としきたりを守りつつ、季節とともに静かに時間が過ぎていく。

 杉本家のように今も旧暦で時を刻み続ける町家の暮らしがある一方、さまざまなスタイルで町家は現代に継がれている。中京区新町通の「紫織庵[しおりあん]」も、伝統的な京町家の代表格。京都市の有形文化財で、老舗の呉服商が「京のじゅばん&町家の美術館」として一般に公開している。

「走り庭」と呼ばれる杉本家の台所。吹き抜けの空間は熱気を逃がす構造となっていて、「火袋(ひぶくろ)」と呼ばれる。

江戸期の建物を1926(大正15)年に再現した「紫織庵」。通り側に塀をまわし、門を入ると前庭が造作された大塀造(だいべいづくり)と呼ばれる町家。

座卓が置かれた奥の間のカフェスペース。ご夫婦の集めた本や雑貨が並ぶ。

 油小路通下長者町下ル大黒屋町…町名からしていかにも京都の風情を感じさせるこの町の一角に、古書と茶房「ことばのはおと」がある。京町家の魅力にひかれて訪れる人が多い町家カフェで、オーナーの中村仁さんご夫婦の住居でもある。築150年、明治初期の建物だが、江戸時代の町家の趣を色濃く残し、間取りも壁や柱の傷などもあえて手を加えず昔のままに暮らす。「海外を旅した時に、日本のことを質問されて、自分の国の美しさに目覚めました」。そう話す中村さんは、京町家の美しさと暮らしの魅力に気づいたという。そうして、空き家を借り受けて8年前に店をはじめた。町家の暮らしは、「正直、不便です。冬は寒くて夏は蒸し暑い。風呂もトイレも外で現代的な快適さとはほど遠い。でも、住み慣れるとその不便さが逆に心地良く思えるんです。暮らしのなかの何か大切なものを体験するんです」と話す。

 都市の中にいながら四季と寄り添って暮らす…そして、時代を越えて若い世代にも引き継がれる。それが京町家の魅力といえるのだろう。

「ことばのはおと」店内。板張りの店の間は、ギャラリースペースとして利用されている。

「昔のままの京町家の魅力をお客様にも伝えたい」と、中村さんご夫婦。

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