山陰本線は、京都駅から山口県の幡生駅まで至る
全長約680キロメートルの日本最長路線。
今回は、兵庫県の豊岡駅から円山川に沿って
名湯城崎温泉へ、そしてリアス式の山陰海岸を望みながら
漁港の町、浜坂駅までの約50キロメートルを旅した。
但馬エリアのシンボルとして親しまれるコウノトリにちなんで命名された特急「こうのとり」。新大阪駅から城崎温泉駅間などを結んでいる。

かつて絶滅の危機に瀕したコウノトリだが、保護活動によって現在では100羽を超える。(写真提供:コウノトリの郷公園)
円山川が日本海に向かってゆったりと流れている。その河畔に開けた豊岡は古くから但馬[たじま]地方の中心で、古来より柳の樹皮で作る柳行李が有名な“鞄の町”。今やビジネスからカジュアルまで多くの種類が製造されている。そして“コウノトリの郷”としてもその名を全国に知られている。
そんなコウノトリが空を舞う大きなポスターが貼られた豊岡駅から山陰本線の下り列車に乗り込んだ。やがて走り出した列車は円山川と並走して北に向かう。向かいの席の人が声をあげて車窓の外を指さした。白い優美な姿をしたコウノトリが川向こうの山裾を悠々と飛翔していた。
向かいの席の人は「城崎に行きます。足腰が痛くてね、温泉に入ったら身体が軽くなります」と話した。城崎温泉は豊岡から2つ目の駅、時間にして十数分だ。列車を降りると駅舎の横に足湯があった。温泉街は円山川に注ぐ山間の大谿川[おおたにがわ]の小さな流れに沿って細く長く続いている。
兵庫県立コウノトリの郷公園の獣医師・三橋陽子さん。「コウノトリとアオサギはよく間違えられますが、白色と黒色がはっきり分かれている方がコウノトリです」と話す。
志賀直哉がケガの治療に3週間逗留し、名作『城の崎にて』を残した山陰の名湯である城崎温泉。1300年の歴史があり、古今、数多くの文人墨客が訪れた古湯だ。川沿いに続く柳の並木、細い通りの両側には大小の旅館が軒を連ね、肩を寄せ合っている。カランコロン…浴衣姿の温泉客が軽やかにゲタの音を響かせてそぞろ歩く姿が、湯の町の風情を漂わせる。
城崎温泉は、7つの外湯を巡るのが通だそうだが、その1つの湯「一の湯」に浸かった。全身をすっぽり無色透明の湯に沈めると、ホーッという声とともに満足感に包まれていく。湯から出て、湯屋の2階に上がり通りを見下ろすと、夕闇の冷気がなんとも心地良い。
城崎温泉駅から日本海はすぐそこなのだが、山陰本線は手前で西向きに大きく進路を変え、山の中を走る。長いトンネルを抜けると、昨年、開業100年を迎えた竹野駅である。
城崎温泉「一の湯」
香美町の今子浦。山陰海岸ジオパークではさまざまな巨岩、奇岩や地層、海岸が見られる。
竹野からの海岸線は複雑に入り組んでいる。玄武洞も含めたこの一帯は、ユネスコが支援する「世界ジオパーク」に2010(平成22)年に認定加盟された山陰海岸ジオパークで、地学的に極めて貴重な景観が展開する。約2500万年前に日本列島が誕生して今日に至るまでの大地の営みの過程、地形や地層の変遷を見ることができるのだそうだ。
海岸線は険阻で荒々しく、奇岩や巨岩、岩礁が無数にある。列車からその景観は間近に見えないが、それらを駅から見ることができるのが鎧[よろい]駅だ。駅舎は険しい地形の中腹にあって、『青春18きっぷ』のポスターにもなった景勝地。ホームから背後に迫る険しい山と海とが間近に見ることができるとあって、この沿線の人気スポットでもある。
山陰海岸を背景に、余部橋りょうを走るキハ47形。(鎧駅から餘部駅間)
列車は鎧駅を出てすぐトンネルに入り、暗闇から出ると右手に壮大な日本海が広がる。そして、列車はスピードを落としてそろりそろりと進み、間もなく全長約310メートル、高さ約41メートルの余部橋りょうを渡る。まるで空中を走っているようなこの橋りょうを渡ると、海岸線から離れてさらに山深いところを走り、やがて今回の旅の終着点である浜坂駅に着く。
かつて北前船の寄港地として繁栄した浜坂は、山陰地方有数の漁港がある港町。この町の冬の味覚の王者は松葉ガニで、全国でも屈指の水揚げ量を誇り、ちょっと自慢気な漁師さんは「春だったら?そりゃあホタルイカだ」と胸を張る。浜坂は、「美方郡新温泉町」という町の名前が表わすように、温泉地としてもその名を知られている。一般の家庭にも温泉が給湯されているほどで、古い家並みの残る通りの一角に、ポコポコとお湯が湧き出し硫黄がこびりついた「源泉塔」がある。また、浜坂駅はテレビドラマ「夢千代日記」で一躍有名になった湯村温泉への玄関口でもある。
温泉で身体を癒して、ふんだんな海の幸に舌鼓を打ち、日本列島誕生の景観に触れる。なんとも愉しみの多い沿線であった。
高台にある鎧駅を発車する列車。プラットホームからは美しく入り組んだ海岸が望める。
餘部(あまるべ)駅のホームにある、旧余部橋りょうの鉄柱の一部を再利用したベンチ。
浜坂漁港は、冬は松葉ガニ、春先にはホタルイカ、年間を通して甘エビなどの海産物の水揚げで賑わう。(写真提供:浜坂観光協会)
浜坂駅前にある足湯。町の中にある浜坂温泉源泉塔から湧く湯は、旅館はもちろん家庭にまで給湯され、蛇口をひねればいつでも温泉に入ることができる。
浜坂漁港のそばにある山陰海岸ジオパーク館では、ジオパークに関する資料や玄武岩や凝灰岩などが展示されている。