Blue Signal
November 2009 vol.127 
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紅葉は、古くから日本の秋を表わすものとされる。
自然が織りなす色彩美は、日本人の心の風景であり、秋は紅葉があるがゆえ、春にまさるともいわれている。
歌学や連歌の分野に精通し、俳諧においては多くの門人を育て貞門派の中心となった松永貞徳[ていとく]の句とともに晩秋を代表する情景をたどってみた。
晩秋の野山に趣を添える
  霜の降りる晩秋の頃になると、落葉樹の葉はいっせいに色づく。野山を華やかに染め上げる景色は、その美しさから錦にもたとえられている。紅葉、黄葉ともに「もみじ」と呼び、紅のように赤く染まるという意の「もみ」が語源。動詞「もみづ」は紅葉することを表わす。一般的に紅葉といえば、見事な赤に染まるカエデの種類をさし、「もみじ」はカエデの別名でもある。一方、「もみじ」の名は特に色づきの美しい樹木に対しても使われ、「漆紅葉」「櫨[はぜ]紅葉」「銀杏[いちょう]黄葉」なども晩秋の季語に加えられている。紅葉とは、葉が落葉する前に赤色や黄色に変わることをいうが、葉の彩りは木の種類によって異なる。色の変化は、気温の低下とともに葉緑素が色あせて、黄色の色素が浮き出して見えたり、葉の中の糖分が赤い色素に変わることで生じる。


 現在、晩秋の色といえば、紅葉の主役としてのカエデの赤を思い起こすことが多い。しかし、『万葉集』においては紅葉よりは黄葉を詠んだ歌の方が多く、古くは黄色が秋の色であったという。その後、平安時代になると、梅も紅梅が好まれ華美な時代趣向により、際だって美しいカエデが秋を代表するようになった。歌に詠まれるのはもちろん、大和絵の風物として描かれ、衣装や工芸品の装飾、和菓子などの文様にもなっていった。
伝統的な季節を詠う
 最後の輝きを放つように赤や黄に染まる木々の葉。紅葉の美しさは、やがては散るというはかなさを前提とし、秋から冬への季節の悲哀感を感じさせる。この過ぎゆくものを惜しむ気持ちをさらに深めるものとして、古くから紅葉とともによく詠まれているのが鹿の鳴き声である。日本の文芸や美術工芸の世界においては、植物と動物をひと組とし、自然観や季節感を表現することが多い。牡鹿が牝鹿を呼ぶためにピーッと高く長く鳴く声もまた、秋のもの悲しさを誘うものとして愛でられてきた。紅葉と鹿の組み合わせは、


 奥山に紅葉ふみわけ鳴く鹿の声きく時ぞ秋は悲しき という、『百人一首』の猿丸太夫の和歌に由来すると伝えられる。冒頭の句も、偶然聞こえてきた鹿の声によって、紅葉のしみじみとした趣を一層深く詠っている。


 作者松永貞徳は、1571(元亀2)年に連歌師永種[えいしゅ]の二男として京都に生まれた。文化界に交遊があった父の影響を受け、少年時代より一流の師について和歌、歌学、連歌、儒学などを広く学んだといわれる。深い文化的教養をもとに自宅に私塾を開き、各分野にわたり多くの門人を養成。この塾では、庶民の子弟にも一般教養を教えたとされ、貞門と呼ばれる門流は全国俳壇の中心となった。
声きかば猶[なほ]しかるべき紅葉哉 貞 徳
安芸の宮島を鮮やかに染める
 色づく木々の美しさを鑑賞しながら山野をそぞろ歩く「紅葉狩り」は、日本人の琴線に触れる季節の行事として今日も親しまれている。きれいな紅葉になる決め手は、日光と昼夜の温度差、適度な湿度といわれ、渓谷や湖畔には名所が多い。紅葉の見頃になると、京都の高雄、嵐山をはじめ、奈良斑鳩の竜田川、岡山の奧津峡などの景勝地は、自然の彩りを求める人々でにぎわう。中でも、広島県宮島の紅葉谷公園の紅葉は、艶やかな美しさで知られている。日本三景のひとつ、「安芸の宮島」として親しまれている小さな島は、別名厳島とも呼ばれ、かつては島全体が信仰の対象であり、神域として守られてきた。そのため、主峰の弥山[みせん]を中心に原始林的な自然が豊かに残る。紅葉谷公園は弥山の麓にあり、その名のとおり紅葉の時期には約200本の木々がいっせいに秋を彩る。とりわけ紅葉橋周辺の眺めは素晴らしく、イロハカエデなどがまさに燃えるような姿を見せるという。また、約800年前から野生の鹿が棲み、神鹿として神聖視されていることから、公園内を悠然と歩く鹿の姿も見ることができる。  宮島には、うたびとの心をとらえた晩秋の自然美が、厳島神社の華麗な建造美に調和しながら、今なお息づいている。
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貞徳は、新興の庶民文学であった俳諧を、伝統的文芸である和歌の一体として権威づけ、その地位の確立に貢献した。冒頭の句は、貞門の4大撰集のひとつで、門人重頼によって編まれた『犬子(えのこ)集』(1633年刊行)に収められている。(『俳諧百一集』より/大阪市立図書館蔵)
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