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神代のむかし、出雲国はあまりに小さかった。それを気の毒がった八束水臣津野命[やつかみずおみつぬのみこと]は、大山に大綱を結わえ、各地の国の一部を切り取って「国来[くにこ]、国来」と出雲国に引き寄せた。そうして誕生したのが島根半島であると、『出雲国風土記』に記されている。その国引き神話のなかで命が用いた大綱というのが現在の弓ケ浜という。
弓ケ浜は、流砂の堆積でできた砂州で南北約19km、幅3〜6.5kmあり、湾曲した海岸線は「日本の白砂青松100選」「日本の渚・100選」に選ばれるほどの絶景である。境線は、この美しい弓ケ浜を縦貫し、米子駅から、突端の境港[さかいみなと]駅まで16駅を50分弱で結んでいる。
境線の見どころは、なんといっても大山の雄姿を旅の友とする点だ。冬の大山は圧倒的で神々しいが、夏の姿も良く、四季それぞれに魅力的だ。そんな楽しみに加えて最近は、妖怪の国へ誘う路線として全国的に人気が高い。境線を走る列車には「鬼太郎列車」の別名がある。終点の境港市は、『ゲゲゲの鬼太郎』の作者で漫画家の水木しげるさんの故郷。市の活性化を目的に、1993(平成5)年から「鬼太郎」を描いた列車が走っている。現在は、鬼太郎のほかに「目玉おやじ」「ねずみ男」「ねこ娘」の4種類のキャラクターの列車が走り、16の駅はそれぞれに妖怪の愛称名があり、妖怪駅名板がホームに設置されているという徹底ぶりだ。
列車が出発する米子駅「0番ホーム」はまさに妖怪ワールドへの入り口だ。ホームに立つと、魑魅魍魎[ちみもうりょう]のいろいろな妖怪たちが、ベンチや柱や階段にと、さまざまな趣向で出迎えてくれる。どの妖怪も皆どこか愛嬌がある。列車に乗り込むと、天井にもキャラクターがびっしり描かれているのに驚かされる。鬼太郎が天井から眺めている。子ども達は大喜びである。そしていよいよ、列車は妖怪の国へ。米子駅を離れるとすぐに大山の大きな姿が現れる。
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「鬼太郎駅」の駅看板には鬼太郎のプロフィールが書いてある。各駅とも妖怪にちなんだ愛称名がつけられている。 |
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境港駅の愛称は「鬼太郎駅」。駅に降り立つと、いたるところに鬼太郎や目玉おやじなど、おなじみのキャラクターが出迎えてくれる。 |
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米子駅の愛称は「ねずみ男駅」。鬼太郎列車は「0番ホーム」から出発する。 |
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しばらくすると、皆生[かいけ]温泉が近い富士見町駅だ。皆生温泉の目の前には青々とした美保湾が広がり、ここからは大山のなだらかな稜線が日本海に没するスケールの大きな風景を一望できる。弓ケ浜駅は、米子駅から6駅目で、途中下車して海岸まで行くと、白砂と青松が延々と連なっている。この付近は、江戸から明治の初め頃は一面の綿畑で、全国的に有名な「弓浜絣[ゆみはまがすり]」の産地だった。砂地のために米作ができず、困った人々は砂地を灌漑し、砂地でも育つ綿や芋、白ネギなどを栽培した。とりわけ農家の家計を支え、北前船で賑わった商都、米子に繁栄をもたらしたひとつが綿であった。綿栽培は外来品に押されて衰退したが、白ネギは現在でも弓ケ浜の特産であり、近年はタバコの栽培でも知られ、線路の傍らに続く鮮やかなグリーンベルトが車窓の目を楽しませてくれる。
境港と島根半島を分ける境水道。境水道は鳥取県と島根県の県境でもあり、渡れば島根県松江市。
行く手に島根半島の山々が迫って来ると、終着駅の境港駅。天然の良港である境港は、我が国屈指の漁獲高を誇る漁港である。境港駅を降り立つと、何から何まで妖怪づくしである。駅前の郵便ポストの上に鬼太郎、駅前の広場では河童の三平たちが竹馬で遊んでいる。駅から市街地に続く800mの水木しげるロードには134体ものブロンズ製の妖怪が訪れる人を迎える。妖怪神社もあればゲゲゲの妖怪楽園、もちろん「水木しげる記念館」もある。歩いていると、ねこ娘やねずみ男にも出会う。鬼太郎列車に揺られて「国引き神話」の弓ケ浜を行けば、楽しい妖怪国があった。
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約20kmにわたって続く弓ヶ浜の海岸線。 |
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弓ケ浜は江戸から明治にかけて一大綿栽培地だった。「弓浜絣」は品質の良さから全国的に知られ、現在は伝統産業として絣の技が伝えられている。 |
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境港の漁港。島根半島によって外海から守られている美保湾は好漁場であり、境港は全国でも有数の漁獲高を誇る。 |
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駅前から市街地へと続く水木しげるロード。沿道には、水木しげるさんの描く、鬼太郎や目玉おやじ、ねずみ男など妖怪たち大小のブロンズが出迎え、時折、着ぐるみのキャラクターが現れたりする。 |
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