Blue Signal
May 2009 vol.124 
特集
原風景を行く
出会いの旅
うたびとの歳時記
鉄道に生きる
美味礼讃
原風景を行く 城端線
カイニョウの家々、散居村。車窓に広がる砺波平野の原風景。 城端線の旅は、四季の自然と、
美しい日本の田園風景を思い出させてくれる。
春の風とともに、砺波平野をゆっくりと走ってみた。
のどかな砺波平野を縦貫し、歴史ある門前町へ。
 砺波平野の広々とした田園地帯をディーゼルカーがことことと走る。富山湾に面した高岡と山麓の城端とを結ぶ城端[じょうはな]線は、北陸本線よりも早い1897(明治30)年に開業し、翌1898(明治31)年に全線が開通した、富山県でもっとも古い鉄道である。29.9km(13駅)の道程を、普通列車だけが走る沿線の風景にふれるとつい、気持ちも和やかになる。

  起点の高岡は万葉ゆかりの古都。奈良時代には国府が置かれ、歌人・大伴家持が国司として赴任し5年を過ごしている。駅頭に家持の像が立つ高岡駅の南の端が城端線のホームで、列車はディーゼル音を残して市街地を進む。ほどなく、ゆるやかにカーブし、前田家ゆかりの瑞龍寺の大屋根を見て走る。二塚[ふたつか]、林[はやし]、戸出[といで]、油田[あぶらでん]の各駅を経て、列車は砺波[となみ]駅に着く。

 駅名どおり砺波平野の中心で、とくに春先のこの辺りは一面にチューリップが咲き乱れ、車窓の風景を赤や黄など色鮮やかに彩ってくれる。砺波はチューリップ球根の日本有数の生産地である。ほかに、菜の花や水仙、初夏は花菖蒲、夏はカンナ、秋はコスモス、そして実りの季節には、一面を金色に染める稲穂と、四季折々に目を楽しませてくれ、城端線の別名を“常花線”とも呼ぶ。

 砺波駅を過ぎると、車窓いっぱいに、昔ながらの「散居村」と呼ばれる砺波平野独特の散村景観が広がる。散居村とは、「カイニョウ」、カイナ、カイニュとも呼ばれる屋敷林で垣根のように家の周りを囲った農家が、集落でなく、一戸ずつ独立して点々としているようすをいう。カイニョウは冬は防風、夏は避暑、それに家の増改築の資材、燃料、木の実などを非常食料とするなど多様な役があるが、風景として砺波平野ほど広々とした例はほかにない。それはまるで大海に浮かぶ島々に見え、とりわけ夕陽に照らされると幻想的である。
 
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車窓からはカイニョウと呼ばれる屋敷林に囲まれた家々が次々と現れる。
地図
城端線の起点である高岡駅。北陸本線、城端線、氷見線の3つの路線が交わる。
 
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終点、城端駅。1898(明治31)年の開業当時から変わらない木造の駅舎が旅情を誘う。
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  車窓の両側に次々と現れる散居村の風景は、どの家々も個性的で見飽きることがない。そんな景色を眺めつつ、列車は東野尻[ひがしのじり]、高儀[たかぎ]、福野[ふくの]、東石黒[ひがしいしぐろ]の各駅を経て、福光[ふくみつ]に停車。小矢部川に沿って古い家並や路地が残る閑静な佇まいの福光は、版画家・棟方志功が戦時中に疎開し、創作に打ち込んだところとして知られる。棟方が6年8カ月暮らした住居や、福光時代の作品やゆかりの品々を展示する棟方志功記念館「愛染苑[あいぜんえん]」がある。

イメージ 福光は棟方志功が疎開地として滞在した町。棟方志功記念館「愛染苑」には作品が展示され、記念館前には棟方志功が暮らした住居が移築されている。
 福光の街の背後には、残雪の山々が迫っている。列車はさらに南下し、越中山田[えっちゅうやまだ]まで来ると進行方向の正面に、行く手を塞ぐように五箇山の前衛峰となる山々が巨大な壁のように連なっている。砺波平野のほぼ南端であり、その山々の麓に終点の城端駅がある。駅舎は木造の瓦葺きの屋根で、開業当時の姿そのままだ。百年以上の時間を刻み、城端線を見守り続けるこの古い駅舎を見るために訪れる人も少なくないという。

 城端駅は、世界遺産の合掌造りで有名な五箇山、白川郷への中継地で、ここから急峻で深い山々に分け入って行く。町の中心は駅から坂を上った高台にあり、その佇まいと風情は小京都ともいわれ、蓮如上人によって創建された「城端別院善徳寺」が城端の象徴である。そして町の誇りは、豪華絢爛な傘鉾[かさほこ]、曳山[ひきやま]、庵屋台[いおりやたい]が繰り出す「城端曳山祭」である。

 所要時間は約50分。砺波平野を南北に縦貫して走る城端線は、沿線を彩る花々の魅力に加え、失われつつある日本の田園風景の美しさをあらためて教えてくれる。
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一面に広がる水田に屋敷が点在する散居村は砺波平野を代表する景観。夕暮れ時は水田に反射する光が美しい。
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砺波地方はチューリップの球根栽培が盛んで特産品のひとつ。砺波駅近くにあるチューリップ四季彩館では、1年を通じて色鮮やかなチューリップを楽しむことができる。
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城端曳山祭は城端を代表する祭。城端曳山会館では、祭の主役ともいえる豪華な装飾が施された曳山や庵屋台が展示されている。
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真宗大谷派の名刹、城端別院善徳寺。広大な境内には本堂、山門、鐘楼、勅使門、太鼓楼などがあり、500年の歴史を物語る。
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