Blue Signal
March 2007 vol.111 
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特集[平安の都が残した伝統の京町家] 千二百年の時を記憶する町
機能と洗練を極めた都人の住まい
町家文化を守り、育てる人々
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京町家の宿「布屋」は、明治時代の半ばに建てられた表屋造の町屋を民宿・カフェとして甦らせた。再生工事は1年を要し、躯体の歪みを直し、柱の根継ぎや洗いを施した。
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町家が建てられたのは昭和の初め頃までで、現存する多くが大正期、昭和初期に建築されたものだ。それ以降、町家は次々に姿を消していく。現在、残るのは2万数千件。その中でも、良好な状態にあるのは2割ほどで、そのほかは老朽化が進んでいる。

京都といえば、寺社仏閣などの名所旧跡が訪れる人びとを魅了してやまないが、そこに軒と軒を接するような狭少の土地に連なる町家の家並みがあってこそ風情が一層増すという人も少なくない。しかし、戦後施行された建築基準法や消防法の下では、木造伝統工法で町家を新築することはできないため、現存する町家を改修、修復して再生、保存していくほかないという。

町家の再生は、歴史的景観を残すとともに、平安時代から変遷を重ねてきた庶民の生活文化や町家大工の伝統の木造建築技術を後世につないでいくことにもなるだろう。

「狭い制約された場所に困難な条件で建てる町家は大工の腕の見せどころ。私らの知恵と工夫の結晶です、きちんと修理さえすれば、ずっと住み継いでいけるのが町家。最初からそう建ててあるんです。地震や安全面でもよう考えてあるし、実にようできています。昔の大工さんの仕事ぶりには感心させられます。だから、町家の再生を通じて、先人たちの知恵や技術を若い人にも伝えていきたいのです」。そう話すのは、京町家作事組の町家大工の棟梁、荒木正恒さんだ。町家の保存、再生に取り組んでいる。

京町家作事組の事務局もまた町家で、今でも比較的多く町家が残る新町通りにある。建築家や設計者や工務店、左官屋、瓦屋、建具屋など、建築に携わるさまざまな職人たちが集まって、京町家を1軒でも多く次代へ残そうと活動している。

荒木さんたちが、京町家の再生、保存活動に取り組むようになったのは、当たり前のように町家が次々と解体され姿を消していく中、老朽化した町家の主人から、「残したいけれど、どうしたらいいのか、誰に頼めばいいのか分からない」と言った話を度々耳にするようになり、それならばと、「何か私たちがお手伝いできるのでは」と仲間に声をかけ、補修や改修に携わったことがきっかけだそうだ。

荒木棟梁がいくつかの現場を案内してくれた。下京区仏光寺の町家は、明治時代の建物で木材商だった先代から受け継ぎ、残すか建て替えるかを思案していた表家造。東山区三条通白川橋の町家、下京区大黒町の町家…、どれも似たような事情で主人が残したいと補修することになった町家だ。工事はたいていジャッキアップして床の傾斜、歪んだ躯体を直す「イガミ突き」や、腐った柱の部分を継ぎ替える「根継ぎ」などを施す。そうして、新たに甦った町家は、事務所や民宿、貸家として姿をとどめていくという。

上京区油小路の民宿兼カフェの「布屋」は、改修前はご主人が生まれ育った古い町家だったが、改修後は1階をカフェ、2階を客室、その奥に家族が暮らす住居部分として再生された。「職住一体」が京町家の定義というが、これこそ現代に甦った京町家の典型かもしれない。「町家の家並みは京の財産です。京都で生まれ育った一人として、保存に協力できてなにより嬉しいのです」とご主人は語った。

最近では、若い世代の家主からも、「できるなら町家を残したい」という声が増えてきているという。姿を消しつつある町家を惜しむ一方で、町家を残したいという熱い思いを持った人々の手で甦る町家もある。荒木棟梁は、「町家は生活の知恵や工夫がいっぱい詰まっています。京らしさのある町をつくったのは伝統的な町家と町コミュニティー、そしてそれを支えた職人たちの技。この大切な財産を残し、守り育てるのは私たちの務めだと思っています」と話してくれた。

細い通りの両側に瓦屋根を連ねる格子窓の京町家の風情は、連綿とつづく都人の暮らしの記憶でもある。町家を残したいという家主、町家大工、建築家、そして町家に住みつづけたいという人、数多くの人々の思いが、平安時代からつづく、住まいや暮らしの伝統を守り、次の世代へと受け継がれていくのである。
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「布屋」厨子2階の客室。天井は低いが虫籠窓からは通り向こうの町家の屋根瓦が見え、格子模様が映った障子の陰影は心地良い。
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外観は基本的に明治時代のままで修復されている。京町家作事組は使えるものは極力残し、工法も伝統的な町家造りを踏襲している。
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下京区仏光寺の町家の改修では「イガミ突き」「根継ぎ」などを施した。京町家の特長である「ひとつ石(基礎石)」が柱を支えている構造がよく分かる。
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壁塗りは熟練を要する作業。写真は茶室であるため、敢えて粗塗り状態で仕上げ、その風合いを良しとする。
町家文化を守り、育てる人々
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「布屋」の2階から通り庭を見下ろす。2階が客室で、その奥が2世帯6人の住居となっている。
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東山区白川橋の町家の改修。間口は非常に狭いが小さな見世と片土間のある2階建。実家が貸家にしていたのを相続した若い女性オーナーは、小さな民宿として再生。オーナー自ら、古い壁を剥がす作業を手伝う。
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京町家作事組の荒木棟梁。「町家は養生してやれば、いつまでも住みつづけることができます」と話す。荒木さんの元には全国から若い人が修業に集まる。
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町家大工の棟梁、荒木さんの道具。ノミ、カンナの種類は数えきれないほどの種類があり、全て使う用途が異なる。仕事に合わせて道具を自作することも珍しくない。
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