能登上布の伝統文様の一種の「蚊絣(かがすり)」。能登上布独自の伝統技法「ロール捺染」や「櫛押し捺染」などで、緻密な絣柄をほどこす。伝統文様はほかに「亀甲」、「十字」などがある。

特集 神話を起源にその伝統を今に紡ぐ 〈石川県羽咋市・中能登町〉 能登上布

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能登の風土が生みだす色合いと絣文様

 旧鹿西町から長曽川[ながそがわ]を渡ると、羽咋市下曽祢町の家々が見えてくる。能登の伝統建築「あずまだち」の屋敷が並ぶ一角に、「能登上布」と書かれた涼やかな麻暖簾が下がる家屋がある。能登上布の唯一の織元、創業130年の「山崎麻織物工房」だ。出迎えてくれた四代目織元の山崎隆[ゆたか]さんは、「これまで続けてこられたのは、父である先代が柔軟に市場のニーズに耳を傾けたからです」と話す。昭和30〜40年代、反物は幅9寸〜1尺(約34〜38cm)が一般的だった。しかし、時代とともに日本人の体型も大きくなり、先代の山崎仁一[じんいち]さんは約3cmほど広い幅1尺7分(約41cm)の反物づくりに取り組んだ。幅の変更は織り機にも仕様の変更が求められ、手間とコストがかかった。そのため、他の織元は対応しなかったという。

 伝統的な織物が斜陽化する中で、能登上布も例外ではなかった。メディアは「消えゆく能登上布」などと取り上げた。すると、全国各地から織り子になりたいという有志が自然と工房に集まってきた。その反響に心を動かされた山崎さんは会社勤めを辞め、44歳で家業を継ぐ。「能登上布を途絶えさせてはならないという父の気持ちに応えるよう、しっかり受け継ぎたい」と山崎さん。工房には現在、県内外からの14名の職人が日々、製作に取り組んでいる。

創業130年の山崎麻織物工房。能登上布唯一の織元で、伝統の継承に努めている。工房は1963(昭和38)年の大豪雪により倒壊したが、その後再建された。

東北や関東、関西など全国から職人が集まった山崎麻織物工房。ここで職人たちは日々、繊細で緻密な作業に打ち込んでいる。

 「ガッタン、ゴットン」。リズミカルな機織りの音が聞こえてくる。二階建ての作業場は、広々とした温かみのある工房だ。一階は主に「織り」を、二階で「地糸整経[じいとせいけい]」や「染め」などの準備作業を行っている。他の産地では分業が一般的だが、この工房では原糸の糸繰[いとく]りから手織りの仕上げまで、ほぼ全ての工程を一貫して手作業で行っている。その製造工程は細部も含めて100近くあり、一つひとつが複雑だ。

①綛糸をボビンに巻取ることで、次の作業をしやすくするための「糸繰り」工程。②「地糸整経」工程により、糸繰り後のボビン100個を必要な本数と長さだけ回転ドラムに巻き取る。③能登上布の伝統技法「櫛押し捺染」。糸に染料を刷り込むように絣模様を施す。④「機巻き」工程。織り機専用の「巻きぶし」にたるみが出ないように巻き直す。⑤「筬目(おさめ)通し」は、「機巻き」の前後2回行われる工程で、1200〜1300本のタテ糸を1mm以下のスリット幅の中に引き込む作業。

透けて見えるほど薄く、透明感のある能登上布。「の羽」に例えられ、軽やかでひんやりとした風合と丈夫さが特徴。左は「乱れ麻の葉柄」、右は「飛び十字柄」。どちらも能登上布の伝統的な絣文様で、特に黒色が人気だという。

絣文様をあしらったスカーフやバッグ、小物などを製作し、「能登上布 YAMAZAKI NOTOJOFU」というブランドで発信している。

山崎さんと母の幸子さん。「私が嫁いできた1955(昭和30)年頃は、織元が7軒ほどありました。一軒になってからは、何度も廃業を考えました。でも、周囲の皆さんの声に支えられてなんとかやってこられました」と幸子さんは話す。

 主となる工程を紹介すると、まずは「糸繰り」から始まる。指定の色に染められた綛[かせ]糸(おおまかに巻いた糸の束)をボビンに巻き取る作業だ。次の工程は、必要な本数分、必要な長さの糸を巻き取る「地糸整経」に移る。糸の数は1200〜1300本。必要な長さとなる60〜90m(4反〜6反分)を巻き取っていく。「櫛押[くしお]し捺染[なっせん]」は工程の中でも、能登上布独自の伝統的な手法で、櫛形の道具に染料を塗り、板上の糸へ刷り込むように精緻な絣模様を先染めしていく。主に染めを担当している山崎さんは、「この先染めの工程次第で、織りの仕上がりが左右されます。気を抜けない作業です」と話す。「機巻[はたま]き」は、織り機専用のタテ糸を巻いた「巻きぶし」に、絣の文様がズレないように一本一本微調整し、たるみが出ないように巻き直す作業で、これも絣柄の出来に関わる重要な工程となる。

 いくつかの手作業の工程を経て、織り子による「手織り」となる。工房の織り機は能登独特に改良されたもので、「バッタン高機[たかばた]」と呼ばれる。引き紐を引くことで「杼[ひ](シャトル)」を左右に飛ばし、上下二重となったタテ糸の間にヨコ糸を入れる仕組みになっている。最後に整理加工され、反物の汚れや余分な染料を洗い落とし、規定の仕上げ幅と長さに仕上げる。こうして丁寧な手作業で能登上布は完成する。

 「能登上布に派手な色はありません。黒色や紺色、そしてベージュなど落ち着いた色がほとんどです。能登の地域性を表した素朴な色合い、それが能登上布の魅力です」と山崎さん。そんな魅力を発信するため、リブランド「能登上布 YAMAZAKI NOTOJOFU」を本年より新展開している。海外への進出も視野に入れ、絣をほどこしたカラフルなスカーフやストール、バッグなどに力を注いでいる。

 作業場からは変わらず機織りの音が聞こえてくる。能登の風土を表した能登上布を手にして眺めていると、千里浜の雄大な風景が浮んできた。

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