ふるさとの味

岡山県岡山市・浅口市 鯛めん

瀬戸内海沿岸地域には、茹でたそうめんの上に 鯛の姿煮を盛りつけた「鯛めん」と呼ばれる郷土料理がある。 縁起物の鯛と、そうめんの細く長いめでたさとの組み合わせ。 かつて、結婚式や棟上げ式などの祝いの席では、 必ずと言っていいほど出されていた、ハレの日の料理という。 宴の様式が変化した今、姿を消しつつある伝統の味を岡山に訪ねた。

祝いの席に受け継がれる、郷土の幸を生かした新旧の味わい。

産地ならではの縁起物のとり合わせ

 岡山県の南西部に位置し、遙照山系の山並みと瀬戸内の穏やかな海に囲まれた浅口市。温暖な気候と自然豊かな環境は、地域が誇る数々の産業文化を育んできた。中でも、鴨方町[かもがたちょう]は日本有数の手延べそうめんの産地として名高い。遙照山から湧き出る清らかな水、瀬戸内の塩、周辺に良質の小麦の産地があったことなど、好条件に恵まれ、古くから麺づくりが行われてきた。水車を利用した製粉が盛んになった江戸時代後半には、農閑期である冬場の農家の副業として定着。さらに、麺づくりを専業にする人たちも現れ、明治以降は播州(兵庫県)に次ぐ一大産地として知られるようになった。

 「手延べ」とは、練り上げた生地を棒状にし、少しずつ何度にも分けて細めていく製法で、生地を仕込んでから完成まで、ひたすら細く長く伸ばし続ける作業が繰り返される。包丁を使わず、小麦粉の伸びる特性を生かして仕上げたそうめんは、ツルツルとした食感で喉ごしが良く、コシの強さが特徴という。機械化が進んだ現在では少なくなったものの、庭先で麺を伸ばす門干し作業の風景は、鴨方の冬の風物詩と言われている。

 「鯛めん」は、特産のそうめんと瀬戸内の漁港から揚がる鯛を組み合わせた、この地域の伝承料理である。そうめんを白波に、その上に盛りつけた鯛を大海で泳ぐ様に見立てた大皿料理。かつては結婚式などの宴席の締めとして振る舞われ、めいめいが小皿に取り分けて味わったそうだ。しかし、婚礼をはじめとする祝いの形態が変化した現代、「鯛めん」を食べる機会は減少した。料理を知る人も少なくなり、伝統の食文化が消えつつあるのが現状という。

穏やかな陽光の中、天日干しされる「そうめんすだれ」の風景が今も残る浅口市鴨方町。乾燥した晴天が続く冬場は、「極寒製」と呼ばれる品質の安定した麺ができあがる。

祝いの心を継承する新しい郷土の味

 岡山駅からほど近い場所に店を構える「かどや」は、創業60余年の老舗割烹料理店である。瀬戸内の新鮮な海の幸と郷土岡山の食材でつくられるメニューの一つに、「鯛そうめん」がある。瀬戸内産の真鯛の兜を煮付け、その煮汁とそうめんを和えた贅沢な一品。 祝いの会席料理の献立には、煮物として登場する自慢の味という。2代目主人西岡邦夫さんが考案し、以来数十年にわたって提供されている「鯛そうめん」は、今やこの店の名物料理。かつての「鯛めん」を懐かしんで、遠方から訪れる客もあるそうだ。

 霜降り(湯通し)をして、血合いや鱗を落とすなど、臭みをとり、旨味を引き出す丁寧な下処理をした鯛の兜を、酒、砂糖、醤油などで煮込んでいく。新鮮な鯛から出るだしが味の決め手。煮汁にそうめんをからませ、鯛とともに器に盛りつけられると、甘辛い香りが立ち上る。鯛の身をほぐし、そうめんにからませながら食べるのが、おいしい食べ方だそうだ。その昔、大皿で振る舞われた郷土料理とは趣が異なるが、現代の祝いの会席には欠かせない味わいという。慶事を祝い、末永く続くようにと願う心を受け継ぎながらも、新しい郷土の味が宴のひとときを彩っている。

鍋に入れた鯛の兜に酒を振りかけ、水、砂糖、醤油などを加えて煮付ける。

そうめんはコシを残して茹で、水洗いしてぬめり、塩分をとっておく。「かどや」では小豆島産のそうめんを使用している。

魚を取り出した後の鍋にそうめんを入れ、軽く温める程度に煮汁とからませる。器に盛って煮汁をはると、かどや名物の「鯛そうめん」ができあがる。

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