Essay 出会いの旅

Take Yutaka 武 豊
1969年3月15日、京都府生まれ。騎手。小学、中学時代を滋賀県で過ごす。1987年に阪神競馬場で騎手としてプロデビュー、同年に初勝利。以来、天才ジョッキーと注目され、史上初、史上最年少、史上最速など数々の記録を塗り替え、世界を舞台に活躍中。

1988年、菊花賞を制しJRAのG1初勝利。1989年、JRAリーディングジョッキーを獲得。1994年、フランス・ロンシャン競馬場でJRAの日本人騎手として初めての海外G1ジョッキーとなる。1995年、史上最速・最年少で(26歳4カ月)で通算1,000勝達成。1997年、年間最多勝利騎手・年間最多重賞勝利騎手に輝く。2004年、年間勝利数では211勝をマークし、前年に自らが樹立した大記録を更新。2011年、英国・アスコット競馬場での「シャーガーカップ」に世界選抜チームの一員として出場し、当日の最も優れた騎乗を讃える「Ride of the Day」に選出される。また、東日本大震災の復興支援を期し、騎手会長として被災地訪問、募金活動などを先導した。JRA通算勝利数3,496勝(2012年12月6日現在)で、自己記録を更新中。

不思議な縁のある街

 競馬の騎手という職業柄、旅はよくする。
 旅といっても、レースのための遠征である。仕事と切り離して旅をすることはほとんどしない。仕事がオフの時でも、日頃行く機会のない地方の競馬場を訪ねたりするくらいである。
 それでも、訪ねるのがいつも楽しみな街がある。「小倉競馬場」のある北九州市の小倉である。プロデビューした時から小倉とは相性が良く、周囲の誰にも「小倉が好きだ、小倉はいいとこ」と公言しているほど、肌にあう街である。
 縁も強く感じる。通算1,000勝記録も、2,944勝の最多勝新記録を達成したのも小倉競馬場。何度か怪我でレースから離れた時も復帰戦は小倉競馬場だった。騎手人生の区切り、区切りで小倉が関係している。
 2010年3月に阪神競馬場(毎日杯)で落馬し、大怪我を負い4カ月のリハビリの後に、やはり小倉競馬場で復帰した。ただこの時はたまたまではなく、あえて「復帰は小倉で」と治療中から決めていた。生来、ジンクスには無頓着なのだが、これまで深い縁を感じる小倉に何かを無意識に託していたのかもしれない。
 小倉には小学生の頃から馴染みがある。夏休みに、騎手だった父親に小倉競馬場によく連れて行ってもらって以来、小倉は身近な街だった。プロになってからはほぼ毎夏、小倉。馬と一緒に2カ月近くも小倉で生活していた時期もある。
 友人も多い小倉は私には、ホームタウンのように「勝手知ったる街」なのである。海が近くにあって、山もある。滋賀県の栗東で育ち京都で暮らす者には、関門海峡に臨むすばらしい海の風景はとても魅力的である。魚はどれも新鮮で美味しいし、寿司が旨い。 お酒もいい。それに、なによりも人が優しくて、気風がいい。
 夏の週末は今も小倉競馬場でのレースのために小倉で過ごすことが多い。たいてい、余裕をみて新幹線で早めに小倉に入り、気ままに過ごすことにしている。夜、親しい地元の友人たちと寿司や魚をつまみ、酒を交わして談笑するのが楽しみである。
 他所ではあまりしないが、一人でぶらっと出歩くことも珍しくない。ほどよいサイズの都市で、行き交う人もまたほどよい距離感で接してくださる。「あ、武豊に似てるよな〜」と、不意に帽子をとられて顔をのぞき込まれることもない。 一人で歩いていても、穏やかな気分でいられる居心地の良さが、小倉にはある。
 よく出かけるのは「旦過[たんが]市場」。子どもの頃、父親とよくこの市場を歩いた。特に何かを買うわけでもないが、市場の活気と、店頭に並ぶ色鮮やかな魚介や野菜をただ見て歩くのが楽しい。小倉城にもよく散歩するし、友人に誘われて釣りもする。対岸の下関の温泉に出かけてゆっくり湯に浸ったりもする。そして私には、もう一つの楽しみの場所がある。「小倉競輪場」である。
 競輪場で車券を買い、観覧席でレースを観戦する。競輪に初めて連れてくださったのは作家の伊集院静先生。以来、競輪ファンでもある。自分で車券を買うようになって馬券を買われるファンの心理や気持ちがすごく分かり、競輪を観戦するたびに騎手としてあらためて、自分に言い聞かせる。
 「自分もファンも納得するいい走りをする」。
 いい走りをするための真摯でひた向きな姿勢。すごく真っすぐで、一生懸命な選手をやはり応援したくなる。いい選手というのは準備を怠らず、後片付けをきちんとし、道具をしっかり手入れしている。そういう人に「勝ってほしい」という気持ちで車券を買う。これはまったく競馬にも通じることである。
 ちなみに、小倉の一番のお薦めの場所といえば、騎手としてはやはり「小倉競馬場」。広々として緑も多いので、子どもも十分に楽しめる。競馬場に行ったことがない人は、ぜひ一度、小倉競馬場へ。競馬を観戦して、風景を楽しんで、美味しい魚に舌鼓をうって、名物の焼きうどんを食べて……。
 ほかにも楽しみはたくさんあるが、遠征していつも思うのは、
 「小倉ってやっぱりいいですね」。

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