「どちらまでいらっしゃいますか?」積極的に声をかけることで、お客様とのコミュニケーションが広がる。
東は東京から、西は広島県三原、さらに鳥取県、島根県まで広域にわたるエリアを担当している岡山車掌区。その歴史は古く、1909(明治42)年に始まり、大正、昭和、平成とこれまで100年の時を重ねてきた。藤岡は、そんな伝統ある車掌区にあって1999(平成11)年に、初めて配属された女性の乗務員だ。車掌の仕事は、停車駅のホームの安全確認、ドアの開閉扱いといった運行の安全を司る業務をはじめ、車内放送での停車駅や到着時刻、乗り換えなどのご案内、車内でのきっぷの確認や販売、列車内の秩序維持など多種多様だ。さらに異常が発生した場合には、運転士と協力してお客様の安全を守るために最優先の安全措置をとる重責を担っている。藤岡は入社後10年にわたりこれら車掌業務に従事している。
「車掌になりたての頃は、お客様と接することに緊張して、車内で直接ご案内に行くのもとても勇気がいりました」。現在では車掌として模範的な仕事ぶりが評価され、新人教育も担当する藤岡だが、着任当時は接客業務に自信が持てなかったという。そんな藤岡を一人前の車掌として育てた背景には何があったのか。
「お客様から『ありがとう』と言われるのがうれしくて。その言葉と、お客様の笑顔が見たくて、これまでがんばってくることができたのだと思います」。
乗務に先立つ点呼では、乗務する列車や行路の注意事項を再確認し、時計に狂いがないかチェック。お客様のもとへ、気持ちが切り替わる瞬間だ。
お客様からの“ありがとう”という言葉をいただき、自分の提供したサービスによって「お客様の心が動いた」と感じた時、藤岡はこの仕事のやりがいを知ったという。その積み重ねが、お客様と積極的にかかわる自信と勇気を与えてくれた。また自身が育児の経験を経たことで、これまで以上にサービスの視野が広がったとも言う。
「ベビーカーの重さが分かるので、運行中に転倒したり、動いたりしないか自然に目が向きます。授乳期のお客様がいらっしゃれば、こちらから多目的室のご案内を差し上げたりします」。そんな人間的な成長が、車掌としてサービスの領域を広げている。ある朝の乗務中には、こんな出来事があった。
「運行中の車内で不安そうに行き先を尋ねてこられた中学生のお客様がいらっしゃって、乗り間違えておられることに気づきました。お話を伺うと受験に向かわれる途中だったので、次の駅で下車した後、スムーズにお乗り換えできるよう関係各所に連絡し、受験される高校にも連絡するよう伝えました」。
後日、その中学生が無事受験できたという感謝の手紙が届いた。不安そうにしているお客様の心に共鳴する目配りと優しさ。そして、目の前のお客様を守らずにはいられないという使命感と、その場に的確に対応できる行動力。それこそがサービスの本質であり、藤岡が大切に積み重ねてきたものに他ならない。
列車の発車時のホームでの信号確認は、全神経を集中させる。
車内放送では、お客様が聞き取りやすいよう、声の大きさやテンポに気を配る。
車掌として10年を超える経験を積んだ今、藤岡にはもうひとつの大きなやりがいがある。
「自分が会得し教えたことが、後輩に伝わったと思えた時、教えたことがしっかりとできている後輩の姿を見た時、本当にうれしいです」。かつて藤岡が車掌として配属された頃は、見習うべき先輩車掌は全員男性だった。多くを語らない先輩たちであったが、お客様の立場に立って接客している姿、求められていることに応えるその背中を見て接客サービスを学んだという。
「私が身につけたいと思い続けてきた先輩方の対応力、仕事のやりがい、それを後輩たちに伝えたい。一人ひとりがサービスの質を向上させることができれば、車掌区全体としてサービスが向上する。そのための活動にも大きなやりがいを感じています」。CS(顧客満足)向上委員会の活動をはじめ、区内コミュニケーションの促進にも積極的に取り組んでいる藤岡。「休日でも時間があれば、他の列車や新幹線に乗って、先輩方の車内放送を聞いたり、接客の様子を見る機会をつくっています。そして、“いいな”と思ったところは、どんどん参考にして業務に取り入れています。私はまだまだ学びたいのです」。お客様の笑顔が見たい、そんな藤岡の背中に多くの後進たちが続いている。
CS向上をめざして、幅広い視点で提案や活動を進めるチームのリーダーとしても活躍。「1人でも多くのお客様に喜んでいただけるよう、皆で話し合って取り組んでいます」と藤岡。