Blue Signal
January 2010 vol.128 
特集
原風景を行く
出会いの旅
うたびとの歳時記
鉄道に生きる
美味礼讃
Essay 出会いの旅
武田 双雲
書道家。1975年熊本県生まれ。東京理科大学理工学部卒業。3歳より書道家である母・武田双葉に師事し、書の道を歩む。音楽家、彫刻家などさまざまなアーティストとのコラボレーション、斬新な個展など、独自の創作活動で注目を集める。「NHK課外授業ようこそ先輩」日テレ「世界一受けたい授業」に出演、NHK大河ドラマ「天地人」の題字も揮毫している。メッセージ集『たのしか』(ダイヤモンド社)、『しょぼん』『書本』(池田書店)、『ひらく言葉』(河出書房新社)など、著書多数。
関西と僕
 僕は熊本に生まれ、熊本に育ち、大学から千葉県に住み、会社員時代は横浜の独身寮にいました。そして書道家として独立してからは湘南に住み着いています。

 ですから九州と関東以外は本当に疎い。だから、関東と九州以外に強い興味を持っていました。特に関西圏には強烈な好奇心がありました。テレビから聞こえてくる関西弁(大阪弁?)の影響もあると思います。また関西人の友人などができて、やたらと文化の違いを話してくれたことも僕の好奇心を高める原因になったんだと思います。

 また、1つ年下の弟が京都に長年住んでいるので、京都には何度か遊びに行きました。最初に京都を訪れた時は、ちょっとだけでも、ぶらりと散歩するだけで、今までに味わった事のない独特の雰囲気に感動したものです。

 最近は、お仕事(個展やイベント)で京都だけでなく大阪も旅する機会が増えてきました。旅はリアル体験。本や人からの話では、わからなかったことを感じることができるんだなぁとしみじみ思います。言葉にならない、風景や香り、リズム、感性など。同じ日本でもこんなに違うのかと驚きを覚えます。
 そして、最近やたらとご縁が深まっているのが奈良。遷都1300年を迎えるので、活気を感じることができます。奈良と言えば、書の道具がさかんです。中でも特に墨。墨づくりの職人さんが今でも真っ黒になりながら、長い時間と手間をかけて一生懸命つくっています。

 まず煤を集める人がいて、粒子の細かい良質の煤を手間ひまかけてかき集めます。それを墨職人が水とノリ代わりになる膠[にわか]と香料を混ぜて、足や手で練ります。それから何年も乾燥をさせて完成となります。

 そこで、これは実際に見ておかなければならないと、誰でも墨づくり体験ができるとホームページで知り、5年ほど前に生徒さんたちとみんなで奈良に書道旅行に行って、墨づくり体験をさせてもらいました。

 聞くとやるとでは大違い。本当に大変なことだと実感して、それからというもの僕も生徒さんも以前より墨をする時に気持ちがグッと入るようになりました。職人さんの苦労や想いがわかると、道具とのつきあい方もここまで変わるんだなぁと思いました。

 そして、最近、もしかしたらテレビで観た方もいるかもしれませんが、テレビ番組で奈良を代表するお寺である「唐招提寺」の特集が組まれました。

 僕は唐招提寺の建立者でもあり、日本に新しい仏教の流れを持ち込んだ鑑真和上の故郷を訪ねて、テレビクルーとともに中国の楊州に行きました。大明寺の長老と対談し、鑑真和上がどういう思いで奈良を訪れたのか語りました。
その時の日本人(奈良人?)は鑑真和上をどう思ったのか、逆に日本人は鑑真和上の目にはどんな風に映ったのでしょうか。考えるだけでワクワクします。

 これまたご縁で連載している雑誌から別のオファーがあり、なんとその企画内容が奈良の旅企画。あぁこれは、何か奈良に導かれているんだと感じ、即行でオファーを受けました。

 奈良にあるうわさのおいしいパン屋さんやレストランでは、あまりにもおいしくてびっくりしました。宿泊した帝国ホテルに並ぶ老舗高級ホテル「奈良ホテル」の古風な佇まいにも感動しました。

 そして何より感動したのが「平城京跡」。平城京跡と言っても、ほんの少しだけ跡が残っているだけでほとんどが何もない草原。しかしその「余白」が僕の想像力をかき立てました。当時の人々はどういう気持ちでここに立っていたのだろう。どういう思いで生きていたのだろうと。奈良の魅力は、余白にあり。と感じました。

 いずれにしても関西の旅は僕の好奇心を満たすどころか益々、好奇心を煽り立ててくれました。そして、関西人は九州出身の僕としては、いつまでも僕を引きつけてやまない存在です。これからも関西の魅力をもっともっと探っていきたいと思います。
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