Blue Signal
July 2008 vol.119 
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うたびとの歳時記
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うたびとの歳時記 photo
夏の暑さをしのぐ工夫として
日本人は古くから緑陰や水辺に涼を求めてきた。
千年の都京都には、400年以上もの時を超え
川辺での涼みの風習が受け継がれている。
平淡清新な抒情で俳諧革新の一翼とされる
江戸中期の俳人三浦樗良[ちょら]の句とともに
今に息づく納涼の文化をたどってみた。
淡白平明な俳風を誇る
 三浦樗良は、1729(享保14)年志摩国鳥羽の武家に生まれた。鳥羽藩士であった父の致仕により、1742(寛保2)年頃伊勢国山田に移住したと伝えられる。俳諧は、貞門系といわれる百雄[ひゃくゆう]に手ほどきを受けた後伊勢派に親しんだが、処女撰集『白髪鴉[しらががらす]』(1759年)や『ふたまた川』(1761年)を刊行する頃からは次第に新風を志向。平明な風調を確立して俳名をあげたのは、1762(宝暦12)年に山田市中に無為庵を結び、「我庵[わがいお]は榎ばかりの落葉哉」の名吟を得た頃とされている。一方で、その生涯は転居と放浪を繰り返し、40歳の頃には妻かよを伴い江戸に下る。窮迫の放浪生活を送っていたその間に剃髪し、法号は玄仲と称した。その後も各地の俳家との交流を深めながら、1773(安永2)年には上洛して蕪村の唱和に加わる。これを契機にしばしば京に上り、蕪村一門との親交を重ね、1776(安永5)年、木屋町三条に無為庵を移す。樗良の俳諧師としての絶頂期は、この京の無為庵を中心に活躍した時期とされ、多数の門人を得るとともに、樗良一派の代表撰集も在京中に編まれた。このように中興期俳諧の一翼を担った樗良は、俳画の分野でも独自性を発揮。当時の俳人中屈指の力量で、妙味あふれる作品を残している。京より帰郷した1780(安永9)年、52歳でその多彩な生涯を閉じた。
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『俳諧百家仙』(1796年刊)には、樗良が描かれた画賛が収められている。樗良自身も画を嗜み、素朴さの中にも独自性の高い俳画を数多く残した。(舞鶴市教育委員会所蔵)
水音の袂[たもと]にこたふすゝみかな  樗 良
川辺に伝わる涼みの風習
冒頭の句は、四季類題別に編まれた『樗良発句集』(甫尺[ほせき]編:1784年刊行)の「夏之部」に収められている。納涼を題材にしたこの句には「加茂川にて」という前書きがあり、都を南北に貫く清流鴨川での夕涼みの情景を詠んだことが分かる。北区雲ヶ畑を源流とし、高野川と合わさって市街地を南下し伏見に至る流れは、京の歴史や文化と密接に結びつき、河原は中世の戦乱の舞台でもあり、田楽や猿楽の勧進興行地でもあった。とりわけ、厳しい暑さがつづく夏には、涼を求める人びとの憩いの場として賑わってきた。

 三方を山で囲まれた京都盆地は、冬の底冷えと対照をなすように夏はしのぎがたいような蒸し暑さとなる。それゆえ、夕方には庭に打ち水をしたり、浴衣に着替えて床几で涼むなど、暑さを和らげるための知恵や風情を生んだ。河原に桟敷を設け、川風を感じながら飲食を楽しむ水辺の風習も、古くから庶民に親しまれた夏のしのぎ方のひとつであった。「鴨の河原の夕涼み」が始まったのは、安土桃山時代。豪商たちが浅瀬に床几を並べ、遠来客に涼を感じるもてなしをしたのが始まりと伝えられる。特に、河原が遊興地として発達した江戸時代には活況を呈し、祇園祭の御輿が出る旧暦6月7日から山鉾の巡行を終える18日までを期日とした年中行事でもあったという。
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江戸時代の浮世絵師、歌川広重による「京都名所之内 四條河原夕涼」には、夕暮れ迫る川辺での饗宴のようすが描かれている。(1834年頃/中山道広重美術館所蔵)
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床で味わう京の粋
 京の旦那衆の接待文化から始まったしつらえは、「鴨川納涼床」という夏の風物詩となって、今に伝わっている。京都鴨川 納涼床協同組合の専務理事、北村保尚さんによると、現在納涼床の期間は5月1日から9月30日。二条大橋より五条大橋のあたりまで、西岸の料亭、飲食店など91軒がそれぞれに趣向を凝らした涼を呼ぶ空間を演出している。北村さん自身も料理屋の主人として床でお客をもてなす。かつての鴨川は今よりも川幅が広く、両岸の河川敷や中州、浅瀬の水上に床几形式の床が出されていた。しかし、大正期に床の基準が定められたのをきっかけに、水上の床は禁止される。現在のような店舗に密着する形で張り出す高床式が定着したのは1935(昭和10)年以降。京都を襲った未曾有の集中豪雨の後に行われた護岸整備により、鴨川の水害対策として生まれたみそそぎ川の上に納涼床を設けることになったのである。

 「体で感じるものと心で感じるもの。京の涼み方はふたつあります」。北村さんは体感できる涼しさ以上に、水の流れや木々の緑、夏の夜空の開放感など、床には心で感じる涼しさがあるという。床で饗される旬の味わいもまた、涼感を添える。鴨の河原に脈々と息づく涼みの文化。納涼床には自然と共生する暮らしの知恵とともに、夏の暑さを粋に楽しむ町衆の精神が受け継がれている。
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古来、数々の水害を引き起こしてきた鴨川の河川改修によって生まれたとされるみそそぎ川(右)。全長2kmほどの人工水路は、親子のように鴨川に寄り添って流れている。
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かすかな川風、真下を流れるみそそぎ川のせせらぎが涼を呼ぶ。5月は「皐月の床」、6月からは「本床」、9月は「後涼み」などと、季節の移り変わりとともに呼び名も変わる。
 
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