Blue Signal
July 2005 vol.101 
特集
駅の風景
うたびとの歳時記
大阪駅進化論
天守閣探訪
大阪駅進化論 梅田ステンショから大阪駅へ---巨大ターミナルへの変遷(1)
2011(平成23)年のグランドオープンに向け、
大改造が進む大阪駅。
生まれ変わる西日本最大のターミナルを
シリーズで紹介する。
初代大阪駅の開業
アーバンネットワークの主要路線であるJR神戸線。この大阪〜神戸間の鉄道建設の歴史は、1870(明治3)年に始まった。1874(明治7)年に開通し営業を開始、このとき梅田ステンショと呼ばれた初代大阪駅も誕生した。イギリス人技師による赤レンガの2階建て洋風建築で、当時としてはなんともモダンな建築物だった。もっとも、開業当初は広い敷地にホームと駅舎があるのみで、周りは田園地帯だった。

1877(明治10)年に大阪〜京都間が開通、1889(明治22)年には東海道線が全線開通し、新橋〜神戸間に長距離旅客列車が運行された。一地方の交通機関であった鉄道が長距離大量輸送の主役となり、大阪駅が関西の玄関口としての役割を担うことになる。
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初代大阪駅
商都大阪のターミナル誕生
東海道線全線開通により、1887(明治20)年に592万人だった旅客数は10年後には2,792万人に急増、貨物輸送も1887(明治20)年に58万トン、5年後には100万トン、10年後には158万トンと輸送量が急増する。これに伴い、大阪駅もその設備を大幅に拡張する必要が生じ、1896(明治29)年に2代目大阪駅の建設工事が始まった。20世紀がスタートした1901(明治34)年に完成し、待合室や手荷物受付室など駅設備が整えられ、人力車などの交通利用を前提とした駅前広場が整備された。この2代目大阪駅の建設に伴い、駅前には旅館や商店などが次々と建設され、大阪駅を中心とした駅前商店街が形成される。商都大阪の玄関口として、現在のターミナルの基礎が形成されたのがこの時代だった。
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2代目大阪駅
利便性と商業的魅力を備えた駅への変遷
3代目大阪駅の計画は、単なる駅の改造ではなく、国と自治体を巻き込んだ一大都市計画事業として大正時代に始まった。日本の海運や紡績などが世界レベルで急速な発展を見せ輸送需要が急増した時代で、旅客以外の機能を周辺に分散させることからスタート。1928(昭和3)年には大阪駅の北側に新たに大阪貨物駅が開業した。駅舎は高架駅として建設が進められたが、1940(昭和15)年、戦争による工事中断により未完のまま開業。戦争末期の大阪大空襲にも焼け残り、1964(昭和39)年の大阪環状線完成などホームの改造を行いながら40年間にわたって使用された。

4代目となる現在の大阪駅が完成したのは1979(昭和54)年。4年後に完成した大阪ターミナルビルとあわせ、百貨店を含む商業施設、ホテル、旅行サービス機能などを取り入れた総合ターミナルビルとしての役割を担っている。

コンコースに飲食店を配置した旅客サービス向上、通路やトイレなどのバリアフリー化など、時代のニーズにあわせて進化する駅。2011(平成23)年に開業する5代目大阪駅はどのような表情を見せるのだろうか。
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3代目大阪駅
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