エッセイ 出会いの旅

羽海野チカ

漫画家。東京都足立区生まれ。グッズデザイナー、イラストレーターなどを経て、2000年『ハチミツとクローバー』でデビュー。年齢性別問わず幅広い人気を獲得し、アニメ化、TVドラマ化、実写映画化などさまざまなメディアミックスがされた。2007年より「ヤングアニマル」(白泉社)にて、将棋界を題材とした『3月のライオン』を連載開始(将棋監修は先崎学九段)。2016年にアニメ化、2019年に実写映画化。2011年に第4回マンガ大賞2011、第35回講談社漫画賞一般部門を受賞。2014年、第18回手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞。

「ガイドブックを描く気持ちで」

 新幹線が好きなので、短い距離でも乗りたくなります。グリーン車が大好きで、新幹線でコーヒーを飲むことも大好き。コーヒーのお供に、チョコレートをいつもポーチに忍ばせていて、コーヒーを買ったら、旅が始まります。

 『3月のライオン』という作品の取材では、京都に何度も訪れました。関東の人は京都に修学旅行に行くことが多いので、みんなが経験したようなことをマンガにしたら、思い出と一緒に楽しんでもらえるかなと思い、主人公と親交の深い女の子の修学旅行先も京都にして、買い物スポットの新京極商店街もマンガの中に描いています。

 京都取材を終えて、いざ描き始めると、写真が足りない!ということに気づきました。私が歩きながら撮った京都の風景はあっても、迎えにきてくれた人から見えた風景がない。二人で座るシーンは、二人それぞれが見ている角度が違うから一つでは足りない。しかも、主人公が京都駅から鴨川の橋まで走るシーンも追加してしまった…。締切間近だったのですが「撮りに行かせてください!」とお願いして、日帰りで京都に行き、走りながら撮り続けました。あんなに急いだ旅は初めてです。

 取材の思い出と新幹線は、だいたい結びついています。大阪で将棋のタイトル戦を観た帰り、天候悪化の影響で、その日は新幹線の運行を見送るとアナウンスされました。私にとっては初めての出来事。「え!?」と思って動けずにいたら、会社員らしき周りの皆さんは一斉に立ち上がって、みどりの窓口に向かったり、今日の宿を問い合わせたりと手際よく動いています。(これはすごいぞ…)と思っていたら、同行した3人の編集さんも慣れた感じで、その後の段取りを手分けしてパパッと済ませてくれました。(皆さんすごい!立派だ!)と思って、そのシーンもマンガに描きました。その夜は先斗町でお酒をいただいて、手配してくれたホテルで一泊。それも楽しい体験でした。

 先日は、友人がいる尾道に行ってきました。「福山まで新幹線で来て、そこから在来線に乗ると、尾道に来た!映画の世界に入ってきた!って気分になるよ」という友人のアドバイス通り、学生たちでいっぱいの車両から外の景色を見ていたら、だんだん海が見えてきて、巨大な橋が見えてきました。海のそばに住んだことがない私としては、それだけでもうワクワクしていたのですが、その日は大勢のサイクリストが海沿いの道「しまなみ海道」をものすごく楽しそうに走っていました。手を振ると、いろんな国の人が手を振って応えてくれて、こんなところで走れたらどんなに楽しいだろうって本当に羨ましかったです。いつかもう一度来て、レンタサイクルで走ってみたいなと思っています。

 プライベートの旅行も「マンガに描けるかも…」という気持ちで出かけています。私のマンガを読んだ方もきっと、その地に行きたいと思うので(ここでソフトクリームを食べるといいですよ)とか、(観光客はあの温泉に行くけど、地元の人はこっちに行くらしいですよ)とか、旅行ガイドブック的な気持ちで作品を描いたりもします。「地元のことを描いてくれてうれしい」というお手紙やメールをいただくこともありますが、そう思ってもらえることが、私もすごくうれしいです。

 次に行きたいのは、舟屋が並ぶ京都府の伊根町。舟屋の宿に泊まってみたくて、マンガの中で既に、伊根町出身という設定の将棋名人を登場させています。これからその名人のエピソードで、もしかしたら描くかもしれないので、伊根に取材に行ける日を今から楽しみにしています。

ページトップに戻る
ローカルナビゲーションをとばしてフッターへ