沿線点描 絶景美を求めて 山陽本線 福山駅〜西条駅(広島県)

絶景

千光寺から尾道の市街地や尾道水道を眼下に望む。
小説や映画に、たびたび登場する町でもある。(東尾道駅〜尾道駅)

瀬戸内海の多島美に感嘆し、海運で栄えた港町から酒造の郷へ

山陽本線の福山駅から西条駅まで71.2km。
江戸初期に水野勝成によって築かれた福山城を眺めつつ、瀬戸内海沿いを走りながら多島美の絶景を満喫し、
日本酒一大銘醸地の「酒都西条」をめざした。

2022(令和4)年の築城400年に向け、1966(昭和41)年の再建以来、大規模な改修工事が行われている福山城。

文人墨客が愛でた景勝と世界に誇るしまなみ海道

 福山駅のプラットホームから見える荘重な石垣は福山城だ。2022(令和4)年に築城400年を迎えるため、現在は天守や櫓[やぐら]などの改修工事が急ピッチで進んでいる。

 駅を離れた列車はすぐに併走する福塩線と分かれ、進路を西に芦田川を渡る。東尾道を過ぎるとまもなく列車は弧を描くように走り、車窓からは巨大なクレーンが見えてくる。2本の大橋をくぐると、まもなく尾道駅だ。

絶景

千光寺本堂からの眺望。千光寺山の中腹にある舞台造りの本堂は、「赤堂」とも呼ばれる。対岸に見えるのは向島。

 尾道はかつて近畿と九州、山陰と四国を結ぶ「瀬戸内の十字路」として栄えた交通の要衝で、北前船の寄港地として隆盛を極めた港町だ。北前船の寄港時には、町がひっくり返るような賑わいだったという。その恩恵により財を成した豪商たちは惜しみなく社寺や町の整備に私財を投じ、町づくりを行った。

 駅の北側には小高い千光寺山が控え、山麓には約20にも及ぶ寺院が点在している。そんな寺町の中でも千光寺は尾道のシンボルとして知られ、標高約140mの中腹に鎮座している。傾斜のある坂に、息を切らして汗をぬぐいながら名刹をめざした。

 「うわぁ」。思わず、口をついて出た。千光寺の本堂からは川筋のような尾道水道や対岸の向島に架かる新尾道大橋、瀬戸内海に浮かぶ島々など、絵はがきのような絶景が眼下に広がる。林芙美子や志賀直哉など文人墨客が愛でた風景に、上り下りするロープウェーがアクセントになっていた。

 近年の尾道は、サイクリストの聖地「しまなみ海道」の玄関口として名高い。尾道と愛媛県今治市を結ぶ全長約70kmは「世界で最も素晴らしい7大サイクリングコース」の一つに選ばれ、美しい瀬戸内の島々を満喫しようと、全国から自転車好きが集まっている。駅前ではサングラスにヘルメット姿の人たちが、自転車を組み立てている姿をよく見かける。尾道駅にはレンタサイクル「SHIMANAMI LEMON BIKE」もあるので、レモン色の自転車で向島をめぐるのもいい。

坂の町 尾道ならではの風景。風情ある多くの坂道が迷路のように入り組んでいる。

しまなみ海道の玄関口「尾道駅」

尾道駅の瓦屋根や深い軒は初代駅舎の名残で、駅舎内には食堂やレンタサイクル、尾道や広島のお土産店も入る。

尾道駅2階の広々とした展望デッキからは、駅前に広がる尾道水道が一望できる。

レモン色に配色されたレンタサイクルは、非電動タイプの「SHIMANAMI LEMON BIKE」と電動タイプの「SHIMANAMI LEMON e-BIKE」が選べる。

 2019年にリニューアルされた尾道駅は、「しまなみ海道」をめざす全国からのサイクリストで賑わっている。駅には「乗って楽しい」をコンセプトにしたレンタサイクルがあり、瀬戸内海の特産物「レモン」をイメージしたデザインは、若者に人気だ。体力に自信のない人でも楽しめるように、電動タイプも用意されている。

備後の港町「三原」から、西国街道の宿場町だった「酒都西条」へ

絶景

瀬戸内の絶景美を眺めながら山陽本線の列車は走る。(尾道駅〜糸崎駅)

 尾道駅を出た列車は、まもなく今回の旅のビューポイントの一つへ。沿線沿いに広がる瀬戸内の海はどこまでも波穏やかで、近くに遠くにと横たわる無数の島影とともに因島[いんのしま]に架かる橋梁が遠くに望める。

 10分ほどで三原駅。三原は瀬戸内海と山陽道が走る海上と陸上交通の結節点だ。室町時代には「三原浦」と呼ばれ、交易が盛んだったという。駅から南にほどなく行くと三原港で、そこからせとうち観光型高速クルーザー「SEA SPICA(シー スピカ)」が発着している。「スピカ」とは乙女座で最も明るい恒星のこと。そんなクルーズ船で海上から瀬戸内の風光を楽しむのもいい。また、三原はマダコの水揚げ量が瀬戸内有数で、「タコのまち」でも知られている。

瀬戸内観光をさらに満喫する「etSETOra [エトセトラ]」、
「SEA SPICA [シー スピカ]」

ラテン語で「その他いろいろ」などの意味をもつ言葉になぞらえた観光列車「etSETOra」。車内では、広島産の素材を使った洋菓子やコーヒーなども提供されている。

島めぐり観光に適したせとうち観光型高速クルーザー「SEA SPICA」。運行エリアは、とびしま海道・しまなみ海道エリア経由で三原港と広島港を結ぶ。

三原駅からほど近い旭町漁港。三原の海にはタコの住みやすい岩場が多く、瀬戸内海の速い海流で鍛えられたタコは身が締まり、味が濃いといわれる。

 三原駅は瀬戸内の風光明媚を楽しむための観光列車「etSETOra」の停車駅の一つで、列車はこの秋から往復呉線に変更され、より瀬戸内の景色を楽しめるようになった。青と白の車両は瀬戸内の「海」と「波」をイメージしてデザインされた。

 三原港からは、観光列車「etSETOra」と接続できる、せとうち観光型高速クルーザー「SEA SPICA」が発着する。大久野島、御手洗町並み保存地区(大崎下島)に立ち寄り、音戸[おんど]の瀬戸や呉港艦船などの景観を楽しみながら、陸と海の風景を満喫できる。

絶景

新緑や紅葉の名所で知られる深山峡。椋梨(むくなし)川沿いには、奇岩巨岩が連なる。

標高約200mの高原盆地に位置する西条。酒づくりに最良な水、米、気候、造り手のすべてが揃う日本酒醸造の理想郷。西条酒蔵通りのシンボルの煙突には、各蔵元の銘柄があしらわれている。

絶景

賀茂鶴酒造は広島を代表する蔵元の一つで、大吟醸酒造りで有名な酒蔵。これまでに全国新酒鑑評会で、18年連続金賞を受賞している。

 山陽本線は三原駅から沿岸部を離れ、列車は沼田[ぬた]川に沿って西に向かう。河内[こうち]駅で降り、駅から北方の「深山[みやま]峡」に立ち寄った。奇岩巨岩の渓谷は紅葉の景勝地で、秋の色づきには観光客が訪れる観光スポットだ。再び乗車し、列車は入野[にゅうの]川と並走する。西高屋駅を過ぎ、やがて車窓からレンガ造りの煙突が見えてくると西条駅だ。

 西条は灘、伏見と並び「日本三大銘醸地」の一つに数えられる「酒都」だ。駅からほど近い東西に走る西国街道を東に入ると、レンガの煙突が立ち並び、赤瓦や白壁なまこ壁などの風情ある景観が続く。「西条酒蔵通り」と呼ばれ、通りの周辺には7軒の酒蔵が点在する。大吟醸酒造りのさきがけで知られる「賀茂鶴酒造」や純米酒にこだわる「賀茂泉酒造」など、それぞれの蔵元が独自の日本酒を提供している。

 その中で、創業300年以上の県内最古の「白牡丹酒造」を訪れた。「西条の酒は“女酒”と呼ばれます。それは仕込み水に使う龍王山の伏流水が甘いから」と話すのは、代表の島靖英さん。文豪 夏目漱石や板画家 棟方志功が愛した白牡丹の酒は、現在も同じ軟水で醸造される。

 瀬戸内の港町をめぐり、瀬戸内海の景勝美を満喫しながら、酒都西条の日本酒を堪能する山陽本線の旅であった。

レンガの煙突が並ぶ酒都西条の酒蔵をめぐる

白牡丹酒造の前に設置された湧き水。ほかの蔵元にも設置され、地域の人たちが清水を汲みに頻繁に訪れる。

白牡丹酒造は甘口のおいしいお酒。サンフレッチェ広島とコラボした「純米サンフレカップ」や、県の名物「もみじ饅頭」に合うお酒をコンセプトにした「ひろしま一途な純米酒 紅甘萬」など、バラエティー豊かな商品も提供している。

 東広島市の中央部に位置する西条は、広島県内で最も古い酒の郷だ。江戸時代には「西条四日市」と呼ばれた西国街道の宿場町で、本陣まで置かれた要所だった。

 西条の酒づくりは1675(延宝3)年頃に始まった。当初は2軒の商家が創業し、明治の鉄道開通によって物流が効率化され、やがては「酒都西条」と呼ばれるまでに発展した。また、西条のシンボルである瀟洒な赤レンガの煙突は現在12本。レンガのほとんどは“広島杜氏(とうじ)のふるさと”、安芸津町産だ。

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