エッセイ 出会いの旅

すぎやま こういち

東京大学卒業後、放送局を経てフジテレビに入社し、ディレクターとして『ザ・ヒットパレード』などの番組を手掛け、同時に作曲活動も始める。『花の首飾り』『亜麻色の髪の乙女』『恋のフーガ』などのヒット曲、CM、アニメ、映画音楽、器楽曲、中央競馬場のファンファーレ・マーチなど幅広い種類の音楽を手掛ける。現在、人気ゲームソフト『ドラゴンクエスト』の音楽を発売以来担当、青少年のオーケストラ入門になればと、33年間オーケストラによる交響組曲『ドラゴンクエスト』のコンサートを各地で行っている。2018年秋の叙勲にて、旭日小綬章を受章。

「京都の『僕のお気に入り』」

 『ドラゴンクエスト』シリーズの音楽を手掛けるようになってから、京都にも自宅兼仕事場を置いて、西日本で開催するコンサートなどの活動拠点にしています。だいたい年に3カ月程は滞在しているのではないでしょうか。その間はめいっぱい“京都暮らし”を満喫するようにしています。特に正月は必ず京都で過ごすことにしていて、おせち料理も嵐山にある老舗料亭でいただくのが恒例です。やはり古都で迎える新年は格別ですからね。

 それに自分は東京・下谷の生まれですが、椙山[すぎやま]家はもともと関西系。おじいさんは奈良の人で、おばあさんも京都人(宇治)。母は大分の人ですが、父は大阪生まれで、かみさんは岐阜出身。つまり、周りは僕以外みんな箱根から西の人間なのです。だから関西風の味付けに馴染みがあるし、関西弁にも全く抵抗ありません。

 正月以外では、毎年紅葉を見に行くのも楽しみ。それからふらっと錦市場にでかけて、界隈を散歩したりするのも好きです。近年はあまりの観光客の多さに驚いていますが、昔はよく市場で買い物して、かみさんにご馳走を作ってもらったりしました。そういう意味でも、僕にとって京都での最大の楽しみは「うまいもの」を食べること、になりますね。体質的にお酒の飲めない家系らしく(勤王の志士だった曾祖父はそれで随分と苦労したとか…)食べることにはもっぱら熱心、いわゆる「食い道楽」というやつです。

 といっても「グルメ」とは違い、ガイドブックやミシュランの星がどうのこうのといったものには、一切興味がありません。もし「どういう料理がお好きですか?」と問われたら、ただ「うまいものが好き」と答えるまで。京都にはあらゆるジャンルで、それぞれ贔屓にしているお店があります。名前を出すのは差し控えますが、すっぽん料理ならここ、おでんはここ、うなぎは、水炊きは、湯豆腐は、押し寿司は…という具合に。どれも地元の人に連れて行ってもらったり、自分で食べ歩いたりして、実際にこの舌を唸らせたところばかり。また、わらび餅やおはぎ、最中など甘党のお店にもお気に入りが多数。

 その中には有名店もあれば、名も無い小さな店もあって、どれも自分の味覚が基準。他人の能書きを鵜呑みにしたりはしません。そういえばもう廃業してしまいましたが、祇園近くによく通っていたうどん屋さんがありました。おじいさんとおばあさんが営んでいる小さなお店でしたが、これぞ関西風!と言いたくなるような正統派の絶品うどんを出していましたね。関東の人には「関西のうどんは味が薄い」というイメージがあるみたいですが、醤油だしの関東風と違って色が薄いだけで、昆布でしっかりだしをとってあって、僕にはうま味たっぷりに感じます。つくづく、もうあのうどん屋さんで食べられないのが惜しいです。

 もう一軒、どうしても語っておきたいのが、京都最古のお茶屋さんの街として知られる、上七軒にある洋食屋。昨今はフレンチとかイタリアンとかが主流でめっきり少なくなってしまいましたが、僕は洋食屋さんの古き良き時代の雰囲気と、あのどこか懐かしい味が大好きで、よくここのハンバーグ定食を食べに行きます。

 洋食といえば、時代の流れとはいえ、新幹線から食堂車が消えてしまったのが淋しくてたまりません。あれこそが僕にとっての理想の洋食スタイル。車窓からの風景を眺めながら、大好きなカレーライスに舌鼓を打つ…何とも贅沢で豊かな、誠に至福の時間でありました。とはいえ、京都へ行くにはもっぱら新幹線を利用するのが常。ゆったりと身を横たえて移動できる鉄道の旅を愛しています。車内でぱっとひらめいて、五線紙がないので手もとにあった紙に数字で曲を書き付けたこともありました。そろそろ、京都の味が恋しくなってきましたので、近いうちにまた!

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