沿線点描【山陽本線】山口県◎徳山駅〜下関駅

きらめく瀬戸内を西へ…本州最西端の海峡の町へと走る。

山陽本線は兵庫県の神戸駅と福岡県の門司駅を結ぶ
全長約537.1km、124駅を数える大動脈。
列車は、山間を抜け、田園の中を走り、瀬戸内の海景を見せてくれる。
陽光に輝く瀬戸内を西へたどって、
山口県徳山駅から本州最西端の下関駅までの113.2kmを旅した。

車窓には、一面緑色の美しい田園風景が広がる。
(嘉川駅から本由良駅間)

小説『坊っちゃん』ゆかりの湯野温泉と荒祭りで知られる防府の天神さん

夏目漱石の小説『坊っちゃん』ゆかりの地でもある湯野温泉。町を流れる夜市川沿いには、主人公のモデルといわれる弘中又一の少年期をイメージして作られた坊っちゃんの像がある。

 出発点は徳山駅。目に飛び込んでくるのは駅の南側の海岸に沿って建ち並ぶ巨大な化学コンビナートのプラント群だ。煙突と無数のパイプが入り組んだプラントが陽光に照らされて銀色に輝きを放っている。夜景はまるで不夜城の景観で、現代芸術の巨大なオブジェのようでもある。

 そんな工場群を眺めながら、列車は瀬戸内を一路西へと走り、徳山駅から3つ目の戸田[へた]駅に着く。駅から路線バスで10分ほどの山あいには、 夏目漱石の『坊っちゃん』ゆかりの湯野温泉がある。旅館が7軒の山峡の静かな温泉地は、旧制松山中学で漱石と同僚だった坊っちゃんのモデルといわれる弘中又一の故郷で、「坊っちゃんの像」もある。温泉は「美人の湯」として知られ、「お湯がやさしくて、肌がつるつるになります」と教えてくれた温泉旅館の女将さんのお肌は、どうりでつやつやだ。

 列車は戸田駅を過ぎてしばらく走ると、山あいの田園風景が一転して、視界いっぱいに瀬戸内海が広がった。どーんと広がる青く輝く瀬戸内海は爽快感この上ない。この戸田駅から富海[とのみ]駅間は今回の沿線では数少ない、瀬戸内海に沿って走る区間である。列車はトンネルを抜けて海辺を走り、またトンネルに入る。暗闇から瀬戸内海の明るい海景へと周囲の景観がめまぐるしく変わる。その場面転換が面白い。輝く海に見とれているうちに、列車は防府[ほうふ]駅に着いた。

 防府には見どころが多い。旧藩主・毛利氏の歴史を伝える数々の国宝や重要文化財を展示する毛利博物館や回遊式の見事な毛利氏庭園など。奈良時代には国府が置かれ国庁跡も残っている。周防国分寺は、境内の景観がほぼそのままの姿で残る貴重な国の史跡である。

全国屈指の工業地帯、徳山のコンビナート群。

懐かしさを感じさせる木造瓦葺きの戸田駅舎。

1916(大正5)年に建てられた旧萩藩主毛利氏の邸宅。本邸であった毛利博物館には、雪舟の「四季山水図」を含む国宝、重要文化財が多数収蔵されている。

毎年11月末に行われる御神幸祭(裸坊祭)は、西日本を代表する荒祭り。(写真提供:防府市)

 駅前で、高校生に防府のことを尋ねると、「やっぱり天神さんです」「裸坊[はだかぼう]祭りは町中がうわーっと盛り上がる」と返ってきた。駅前の商店街を北に歩くと突き当たりに防府天満宮がある。ここで、毎年11月に行われる裸坊祭りは、5,000人もの若者らが町中を練り歩く荒祭りで、町が一つになるという。この裸坊祭りは、菅原道真公が大宰府へ下る途中、この地へ立ち寄った際の送迎の古式を伝えたものといわれる。

 列車は、新山口駅へ。長らく「小郡[おごおり]」の駅名で親しまれた新山口駅は昔から交通の要衝で、山口線の起点駅でもある。山口線では、SL「やまぐち号」が現役で走っている。

京都の北野、福岡の太宰府とともに日本三天神の一つといわれている防府天満宮。

防府天満宮で権禰宜(ごんねぎ)を務める一木孝史さん。「御神幸祭は、防府の町の象徴です。祭りを通して、これからも伝統が継承されていくことが理想です」と話す。

高杉晋作が挙兵した城下町から数々の歴史を秘めた海峡の街へ

 嘉川[かがわ]駅を過ぎたあたりから、電車は瀬戸内海から離れて内陸部を快走する。走る電車の窓枠に、まぶしいほど緑の濃い田園風景が連々と続く。のどかで素朴な風景の中を走り抜けると、列車は再び瀬戸内海沿いに向かう。もうすぐ長府駅だ。

 長府は毛利秀元を藩祖とする城下町。現在でも町割りや家並みはほぼ江戸時代のままという。町を歩いていると、通りですれ違うたびに「こんにちは」と、小学生やおばあさんが声をかけてくれる。練塀[ねりべい]の続く路地、長屋門、武家屋敷…そんな風情と道行く人たちに、城下町の凛とした空気を感じた。

 長府には、歴史的建造物が数多くある。なかでも、最古の禅寺様式を残した功山寺[こうざんじ]は国宝の名刹だが、この寺の境内は幕末のヒーロー、高杉晋作が長州藩存亡の危機を打開するために挙兵した地でもあり、境内には馬上姿の高杉晋作の像が建っている。

 幡生[はたぶ]駅を過ぎるとまもなく下関駅だ。本州最西端の海峡の町で潮流の激しい関門海峡の向こうは北九州の門司[もじ]。九州側からの本州への玄関口でもある。山陽本線は海底の関門トンネルで門司に通じているが、トンネルが完成するまでは鉄道連絡船が活躍していた。列車を船に乗せて渡る「車両航送」発祥の地がこの下関であり、日本の鉄道史において重要な役割を果たした。

1945(昭和20)年まで就航していた関釜連絡船は、下関駅横のさん橋より出ていた。それを記念する「下関鉄道さん橋跡」の碑。

高い練塀が続く長府の侍町。

功山寺は高杉晋作が倒幕に挙兵した寺としても知られ、境内には馬上姿の高杉晋作の回天義挙銅像が置かれている。

 大陸や朝鮮半島との往来の歴史、源平合戦の史跡や武蔵と小次郎の巌流島、また幕末の歴史を彩り、さまざまな人物が往来した下関。まさに歴史探訪の宝庫だが、新鮮な海産物の宝庫でもある。とりわけフグは下関の名物で、伊藤博文が日清講和会議の会場にもなった料亭旅館で出されたフグの美味に感嘆し、その禁令を山口県と福岡県に限って解いたという下関ならではの話が残る。

港近くの唐戸市場に出かけた。熱気と活気であふれ、市場中に「らっしゃい、とれとれだよ」と威勢のいい大きな声が響き渡る。店頭には、フグをはじめ近海の魚、マグロなどの遠洋ものも所狭しと並んでいる。ぴくぴくっ、と新鮮な魚が身を踊らせている。2階には見学のデッキがあって、市場全体を見渡せる。唐戸市場の散策は見るだけでも実に楽しく、おもしろい。

100年の歴史を超える唐戸市場はフグの市場として有名。下関では、「フグ」のことを「フク」と言う。幸福の福にあやかるようにとの願いが込められている。(写真提供:唐戸市場業者連合協同組合)

唐戸市場内で開かれている「お魚ひろめ隊」の料理教室。シーフードマイスターの大久保千代さんは、「本当においしい魚を食べてほしい。下関の小学生みんながイワシの手開きができるようになればいいですね」と話す。

下関の新しいシンボル「海峡ゆめタワー」から町を眺めた。その光景はまさに360度のパノラマだ。響灘の向こうは日本海だ。海峡には、無数の船舶が往来している。目の前には北九州の町が手にとるように見える。

徳山から、瀬戸内海の西の端へとたどった山陽本線の旅は、自然も歴史も、そして人とのふれあいも堪能できる旅だった。

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