雨の中、主人公の少年が新聞を配達しながら駆け抜けるのは、黒い板塀と黒瓦が続く昔ながらの町並み。オープニングからエンディングまで象徴的に登場する、海沿いの田園にそびえ立つ風車群。映画『銀色の雨』には、米子市を中心とした山陰の風情あるたたずまいや景観美が、スクリーンいっぱいに映し出されている。
浅田次郎原作の短編小説『銀色の雨』を映画化するにあたり、ロケ地を探し求めて全国を回っていたという鈴井貴之監督が、いくつもの候補地の中から映画の主要舞台に選んだのが、鳥取県米子市であった。米子市は、南東部には「伯耆[ほうき]富士」ともいわれる名峰・大山がひかえ、北は美保湾を望む風光明媚な城下町。
商都としても栄えた歴史ある町並みが当時の面影を残したまま、人々の生活が営まれていることが、監督の心をとらえたのだ。実は、米子が本格的に映画の舞台になるのは今作が初めてだという。
主人公が暮らす町として登場する米子市淀江町は、「人が生活していて今も生きている町」と評するほど、鈴井監督が特に思い入れを込めたロケ地。そして、山陰の玄関口米子駅、城下町の風情が漂う旧加茂川沿い、約20kmにわたって美しい弧を描く弓ケ浜海岸、さらに大山町の風車群や琴浦町の海岸など、撮影は周辺各地に及んでいる。
主人公とその母が住む町として設定されている米子市淀江町。昔ながらのただずまいを残す町並みに、監督は純粋に心ひかれたという。
「風が動いているのをうまく表現したい」という監督の思いから、作品中にはさまざまな表情の風車が登場。 大山町の豊かな自然の中、海からの風を受けて回る迫力ある姿が印象的。
撮影には、県や市町村をはじめ、民間の企業も含めた地元全体がバックアップ。寒い日は温かな食事を出演者やスタッフに用意するなど、有志グループによるまかない隊も登場した。こうした中、JR西日本米子支社も地域の一員として撮影に協力。駅、輸送部門、電気部門、さらにはグループ会社まで、あらゆる系統の社員が集結したチーム体制で、撮影準備や当日の進行に携わったという。
映画の中では「雨」が表現の重要なモチーフとなっている。消火栓や給水車から引いた水を降らせるなど、多くのシーンが「人工降雨」によって巧みに演出されていた。山陰最古の駅舎である御来屋[みくりや]駅では、屋根が滑りやすい瓦葺きのため屋根の上に足場を組み、瓦から雨がしたたるように見せるため雨どいを埋めての撮影となった。この駅では列車を5分以上停車させるという特別なダイヤも組まれた。また、淀江駅大山口駅間では通常運行の合間をぬって時速20km以下という低速で走行させたり、京都から寝台列車に見立てた臨時列車を米子まで回送させ、撮影するなど、車両の手配も大がかりなものとなった。
こうして、さまざまな人々の協力によりストーリーと相まったシーンが次々と映し出されていった。『銀色の雨』には米子の情緒あふれる風景が “心の故郷[ふるさと]”としてさわやかに描かれている。
撮影期間は、2008年の11月から12月にかけての約1カ月間。中でも最も大がかりだったのが、12月2日の深夜から早朝までのわずかな時間に行われた米子駅での撮影。登場人物2人が普通電車と寝台列車で駅に到着し、跨線橋ですれ違うシーンなどが撮影された。この映画では、駅はすべて実名で登場。また、駅係員や車掌(アナウンス)として社員も「出演」し、よりリアルな演出に貢献した。
淀江駅大山口駅間では、通常運行の合間をぬって時速20km以下という低速で列車を走行させて撮影した。
- 監督:
- 鈴井貴之
- 原作:
- 浅田次郎『銀色の雨』
(文春文庫『月のしずく』収録) - 出演:
- 賀来賢人、前田亜季、中村獅童 ほか
- 公開:
- 2009年11月
鳥取県米子市淀江町。住み込みで新聞配達をしながら陸上の練習に励む高校2年生の和也。ある日、些細なことで新聞販売店を飛び出し、母親とも喧嘩して米子駅にやってくる。そこで、かつて母親のもとで働いていた菊枝と偶然再会し、彼女の家に転がり込む。そこに暴漢に襲われケガをしたプロボクサーの章次も加わり、3人の奇妙な共同生活が始まるが…。