Blue Signal
January 2004 vol.93 
特集
駅の風景
食歳時記
鉄道物語
陶芸のふるさと
西大津駅前。湖西線が開通して京都や大阪へのアクセスは格段によくなり、西大津駅を中心に町は進化し続けている。 駅の風景【西大津駅】
揺るぎない歴史の中に新しさと出会う“湖都”の駅
日本一の湖・琵琶湖。その西岸に沿って走る湖西線。西大津はかつて日本の政治の中心でもあった。奥深い歴史の面影を残す一方、西大津駅を核として新しい町ができつつある。新・旧が溶け合う“湖都”を歩いた。
車窓に琵琶湖が寄り添って走る
長等山トンネルを抜けると、ぱっと清々しい風景が広がった。満々と水をたたえた琵琶湖が横たわっている。対岸に湖東の町々を望み、背後には薄墨で描いたような山々の柔らかな稜線が連なっている。ほどなくして湖西線を走る列車は西大津駅に静かに停車した。

湖西線が開通したのは1974(昭和49)年である。沿線に住む人々の夢を乗せて走る鉄道であった。関西や北陸から大勢の人を運んでくる。何よりも琵琶湖という大きな自然の財産があった。

列車はその琵琶湖の西岸を北上する。山科駅で東海道本線と分かれ、長等山をくぐって滋賀県に入り、西大津駅から琵琶湖を眺めながら、堅田、安曇川などを経て、北陸本線と合流する近江塩津駅にいたる約80kmの距離を走る。

車窓にはその間ずっと琵琶湖の美しい景観が寄り添う。「唐崎の夜雨」など近江八景の景観はいまもそのままだが、36階建ての超高層マンションがそびえ立つ西大津駅前の変貌ぶりを誰が想像し得ただろうか。
イメージ 西大津駅。湖西線は全線高架式で踏み切りが一つもないのが特長だ。
イメージ 琵琶湖に望んで緑が多く、市役所、総合運動公園、博物館・美術館、社寺などが点在していて快適な住環境。
イメージ 琵琶湖疏水は、飲料水や物資の運搬、水力発電のために建設された。西大津から京都の岡崎まで12kmにおよぶ疎水は明治の大工事だった。
地図
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奥深い歴史を背負う新しい町
比叡山を背景にした大津港。古くから琵琶湖水運の要所で、港はいまも琵琶湖周遊の起点となっている。 イメージ
西大津駅の界隈は、湖西への起点として湖西線開通から29年経た現在もなお、どんどん都市化が進んでいる。直通電車で京都へ12分、大阪へ40数分は、恰好のベッドタウンだ。

山側のゆるやかな斜面には住宅地、湖岸には新しいマンション群。大型のショッピングセンターなどの都市機能が整備されるにつれて人口が増え続けている。駅前の超高層マンションに住む若夫婦もそんな新しい住人。

「駅まで1分。大阪までの通勤も1時間はかからない。マンションからの琵琶湖の眺めもそうだけど、バス釣りが趣味の私には最高の町です。便利で、自然がいっぱい」と、そんなふうに西大津の今を語っている。

駅ができて、人が集まり、町の姿は変遷していく。それが世の移ろいだが、この土地が背負っている奥深い歴史は揺るがない。路地を入ると昔の町家が並び、江戸時代からの伝統をいまに継ぐ「大津絵」を描く絵師がいたりする。ちなみに西大津駅の所在地名は「大津市皇子が丘1丁目」。この皇子とは、大化の改新(645年)を断行した中大兄皇子の「皇子」にちなむ由緒ある土地がらである。
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「大津宮跡」に皇子の夢を想う
大化の改新の後、中大兄皇子(後の天智天皇)は新しい国づくりの意欲に燃え、都を大和から近江に遷都(667年)した。世にいう「大津宮」であり、皇子は唐の長安のような文化の豊かな都をつくろうとしたといわれている。

建設には、古くからこの地に住んでいた渡来人の貴族、学者、文人などが参加し、この新しい都に学問・技術を集積した。日本で最初の法や戸籍制度を定め、また漏刻と呼ばれる水時計をつくって時間を計るなど、優れた文明を育んでいたと歴史書は伝えている。

しかし、天智天皇は遷都から僅か5年で世を去り、その後672(天武1)年に起きた壬申の乱の末、大津京は5年ほどで廃虚となった。宮跡の所在は諸説あるが、皇子の「夢の跡」としてもっとも有力視されている遺跡が西大津駅のほど近くにある。

ところで、なぜ大津の地だったのか。この問いに郷土の史家は、「琵琶湖の水、東西の要所、天然の要害という地形、日本海を通じて朝鮮半島との往来にも都合の良い場所だった」と語る。地の利。日本史の中で主要な舞台として登場する“湖都”の地勢は現代にも通じているのではないだろうか。
大津宮跡「近江大津京錦織遺跡」 イメージ
三井寺。天台寺門宗の総本山で正しくは園城寺。大津のシンボルでもあり、「三井の晩鐘」は近江八景の一つ。「三井寺」の名の由来でもある、天智・天武・持統の三天皇が産湯に使ったと伝わる井戸がある。 イメージ
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唐崎神社。西大津から少し北へ行くと「近江八景」の一つ「唐崎の夜雨」がある。横に枝を這った松も見事だが、180度に見晴らす琵琶湖の眺めは絶景。 イメージ
近江神宮。深い森に囲まれた朱塗りの社殿は、大津京を開いた天智天皇を祀る。 イメージ
大津絵。江戸時代から東海道をゆく旅人の土産物として人気のあった民画。松山さんは伝統を継承する数少ない絵師。 イメージ
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