プローヴォラチーズを作る竹内さん。お湯で練って、繊維状に伸ばして作るパスタフィラータという製法で作られる。整形し、吊り下げ乾燥・熟成させると、瓢箪のような型に仕上がる。

太古の人とミルクの出会いから、今も愛され続ける発酵食

チーズ 岡山県真庭市蒜山【イル リコッターロ】

日本では希少なジャージー牛が飼育されている岡山県蒜山高原に、小さなチーズ工房がある。工房主は、イタリア好きが高じて南イタリアのシチリアで伝統的な製法を習得した。蒜山の自然が醸す乳酸菌と蒜山生まれのジャージーミルクを使って、ここならではの手作りのチーズを慈しみながら育んでいる。

標高約500m。岡山県北部に広がる蒜山高原は、日本最大規模のジャージー牛飼育地域。1955(昭和30)年頃から一貫して、イギリス ジャージー島原産のジャージー牛の飼育に取り組んでいる。

蒜山高原の森の中にあるチーズ工房「イル リコッターロ」。工房名は「リコッタチーズをつくる人」という意味。(姫新線「中国勝山駅」「久世駅」よりバス)

農耕時代の保存食から、食卓を彩る嗜好品へ

牛乳にホエイを加えた自家培養のヨーグルトで、発酵を促したチーズスターター。

蒜山高原で愛情を持って育てられるジャージー牛。濃厚な風味とコクがあり、栄養成分も豊富。淡い黄色味をおびていることから「ゴールデンミルク」とも呼ばれる。

口当たりが良く、後味爽やかなイル リコッターロの「リコッタフレスカ」。パンにのせたり、サラダに入れたり、オリーブ油や蜂蜜、ジャムなどとあわせていただく。

リコッタフレスカは、鍋にジャージーミルク、ホエイ、塩を加え、80℃に加熱しながら攪拌する。温度管理など味や風味を整える重要な工程。

できた凝乳を型に入れ、ホエイを抜けば完成。作り方はシンプルだが、チーズ作りの奥は深い。

 人類が、哺乳動物を家畜化し「搾乳[さくにゅう]」を始めたのは、約1万年前の西アジア。搾乳ができない季節を補う「保存食」にするため、加熱、濃縮、発酵などの工夫がなされ、ヨーグルトやバター、そして「チーズ」が生まれた。乳加工技術がヨーロッパに伝わると、チーズの熟成という乳文化が開花。紀元前2千年頃には、水分が少ない熟成ハード系チーズが作られていたという。

 世界には1,000種類以上あるといわれるチーズは、大きく「ナチュラルチーズ」と「プロセスチーズ」に分けられる。チーズの主な原料は、乳の中にあるタンパク質の一種「カゼイン」。生乳に乳酸菌を加えて乳酸発酵させてpHを酸性に変え、「レンネット」と呼ばれる凝乳[ぎょうにゅう]酵素を添加すると、カゼイン分子中の親水性部分と疎水性部分が分解され、疎水性部分はゲル状に固まる。ここから水分、親水性タンパク質、乳糖である「ホエイ(乳清)」の一部を分離したり除去したものが「ナチュラルチーズ」だ。このナチュラルチーズに乳化剤などを加え、加熱・再成形したものが「プロセスチーズ」となる。

 発酵作用を用いた西洋型チーズが日本で最初に作られたのは、1875(明治8)年。明治後期から大正初期にかけて、チーズの製造に酸度測定や温度管理が不可欠とわかると、日本のチーズ製造技術は飛躍的に進歩する。高度成長期を過ぎると、ヨーロッパ各地で修行した日本のチーズ職人たちが、全国各地にチーズ工房を開設。今や、国際コンクールで入賞するほど、日本のチーズは世界に誇れるクオリティーとなった。

一人の職人が手掛ける、蒜山高原の自然を凝縮したチーズ

シチリアに渡り、農業をしながら本場のチーズ作りを学んだ竹内雄一郎さん。看板や商品パッケージの絵も竹内さんが描く。

リコッタフレスカをはじめ、常時5〜6種類を製造。岡山県内のショップのほか、関西のイタリアンレストランなどでお目にかかれる。

 昭和30年代から、ジャージー牛の飼育が行われている岡山県蒜山高原。標高約500mに広がる蒜山の森の小さな工房「イル リコッターロ」では、竹内雄一郎さんが蒜山産ジャージーミルクと、シチリアで習得した南イタリアの伝統製法を使って一人でチーズを作っている。チーズの発酵を促すのは、竹内さんが蒜山の自然から取り込んだ乳酸菌。仕込み中の温度、乳酸菌の状態、ホエイを抜くタイミングや水分量の残し方、型に入れるタイミングなど、一つひとつの工程が美味しさを左右するため、時計や温度計を確認しながらの作業が続く。凝乳酵素のレンネットはイタリアから仕入れている。

 シチリアの農村部では今も、ヤギやヒツジから乳を絞り、家畜の胃で発酵させたレンネットを使う、伝統的な製法が受け継がれていることに感銘を受けた。チーズは、人間が動物を飼いながら身につけた、生きていくための技術。人や自然、動物たちの命の繋がりを感じる感動を、チーズで表現したいと竹内さんは語る。「シチリアで食べた、口に入れるとふわっと香る、なんともいえないあの風味を表現するために、まだまだ勉強中です」。シチリアに想いを馳せながら、蒜山高原の自然を凝縮したチーズ作りが今日も続いている。

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