原風景を往く[紀勢本線<和歌山県>]白浜駅から新宮駅

波しぶきと陽光あふれる南紀を巡る「きのくに線」の旅

紀伊半島をぐるりと巡る全長約384kmの紀勢本線。和歌山市と三重県亀山市を結ぶ長大な路線で、和歌山駅から新宮駅間は、「きのくに線」の愛称で親しまれている。南紀の明るい日射しを浴びて、白浜駅から新宮駅までの約95kmを旅した。

紀勢本線

黒潮が洗う雄々しい海岸線を往く

 太平洋に弓なりに張り出した巨大な紀伊半島。きのくに線の列車は、紀伊山地の山々がぎりぎりに迫る海岸線に沿って走る。とくに南紀と呼ばれる白浜あたりからの景観は入り組んだ入り江や荒磯の海岸など変化に富む。海は青く、そしてなにより気候は温暖だ。

 旅の起点、白浜は万葉集にも詠われ『日本書紀』にも記された古湯で、日本有数の温泉地として知られる。円月島、三段壁、千畳敷など奇岩や絶景が多く、若い人たちには南紀白浜アドベンチャーワールドも人気が高い。

串本駅

「本州最南端」の駅の碑が出迎えてくれる串本駅。串本は熊野古道・大辺路への中継点となる。

 列車は白浜駅を後に、輝く海を眺めながら南下する。周参見[すさみ]駅を過ぎて海岸線をひたすら走り続けるとやがて串本駅。台風情報でおなじみの潮岬は本州最南端の地で、岬の突端から眺める広々とした太平洋はなんとも清々しい。この辺りの海はテーブル珊瑚の生息地で世界的にも美しい海といわれ、全国からダイバーたちが足を運ぶダイビングのメッカだ。

串本海中公園内の水族館

串本海中公園内の水族館は世界の美しい水族館の一つに数えられている。 (写真提供:串本海中公園)

山口隆司さん

串本海中公園内のダイビングパークでインストラクターを勤める山口隆司さん。「串本の海は、温帯の気候に熱帯の生態系を持つ珍しい環境。訪れた方にはゆっくりとした時間の中で美しい大自然を感じてほしい」と話す。

 串本駅から紀伊姫駅への途中、ひときわ目を引くのが海岸に林立する不思議な岩塔群。「橋杭岩」はとても不思議な景観で、こんな言い伝えがある。空海が串本の向かいの大島に渡ろうとして天邪鬼[あまのじゃく]に手伝わせて橋を架けはじめたのだが、途中で天邪鬼がくたびれてしまって橋の杭だけのままで残ったというのである。とくに夕陽に映し出された奇岩群はなんともいえず幻想的。自然の美しさに言葉を失ってしまう。

橋杭岩

奇岩が連なる橋杭岩。夕日に照らされると幻想的で美しい。

くじらの博物館

太地町の「くじらの博物館」では、鯨の生態や捕鯨に関する貴重な資料が展示され、ショータイムでは鯨やイルカのショーが人気を集める。

 車内に南国の明るい陽が差し込み、心地のいい列車の揺れについうとうとし夢見心地だ。そうしていると、まもなく太地[たいじ]駅に着いた。太地は「くじらの町」で日本の捕鯨の発祥地の一つ。駅からバスで7分ほどの「くじらの博物館」では、捕鯨の歴史や、巨大なくじらの骨が展示されている。施設内のプールではクジラショーが見学でき、人なつっこいイルカもじつに愛嬌がある。

カラフルな絵柄が施された那智勝浦の民芸品「熊野古式鯨舟」。(写真提供:小倉家)

 列車はさらに、青々とした海原を眺めつつ森浦湾の入り江に沿って進む。小さな漁港をいくつも過ぎると、紀伊勝浦駅はもう近い。勝浦は日本有数のまぐろの水揚げ漁港で、早朝駅近くの漁港に行くと、水揚げされたばかりの巨大なまぐろの競りが見学でき、観光客にも人気がある。勝浦はまた、白浜と並ぶ温泉地としても有名で多くの観光客が訪れる。

 一つ駅を挟んで、那智駅。駅の南はすぐ海岸だ。ここは熊野三山の一つ熊野那智大社と日本一の落差を誇る名瀑、那智の滝への玄関口。滝そのものが信仰の対象であり、間近に目にすると、なるほど神々しく荘厳だ。世界遺産に登録された熊野は、古代から信仰の対象となった聖地で、平安時代には天皇の行幸をはじめ熊野詣が盛んに行われた。その参詣道が熊野古道で、海岸を辿って那智大社へと向かうこの道は大辺路[おおへち]と呼ばれた熊野古道の一つである。

 そうして列車は、「きのくに線」の旅の終わりとなる新宮駅へ。新宮とは「熊野速玉大社[くまのはやたまたいしゃ]」のことを指している。神社の近くにあるゴトビキ岩という巨大な岩石に熊野三所大神が最初に降臨したと伝えられる場所で、祭祀を現在の地に移したことから新宮[にいみや]と呼ぶようになったという。

 弓なりに延々と続く熊野灘の浜は大きく大平洋へと開けている。平安時代、この地の南方には安楽が叶う補陀落浄土があると信じられていた。熊野灘の海は、夕陽に染まって黄金色に輝いていた。

勝浦漁港

勝浦漁港は日本有数のまぐろ漁港。早朝のまぐろの競りを見学できる。(写真提供:那智勝浦町観光産業課)

那智あめ

古くから那智山麓で作られてきた那智あめ。参詣者は口にしながら歩いたという。(写真提供:ふだらく屋)

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