沿線点描 絶景美を求めて 湖西線 大津京駅〜マキノ駅(滋賀県)

絶景

鵜川地区の棚田沿いを走る列車。琵琶湖を挟んで湖東の山々を望む。
湖西線のほとんどが、湖畔に沿うルートになっている。(北小松駅〜近江高島駅)

雄大な琵琶湖の西岸を走り、古宮の風情と湖畔の港町を巡る

湖西線は、京都駅のひと駅東の山科駅から近江塩津駅まで全21駅、
琵琶湖の西側の74.1kmを結ぶ。この旅では、陽光にきらめく湖畔と
湖東の山々の雄大な景色を眺めながら、
大津京駅からマキノ駅へと向かう。

絶景

近江では最古の大社で、「近江の嚴島」とも呼ばれる白鬚(しらひげ)神社。大鳥居が琵琶湖に浮いたように立つ。

延暦寺の門前町から、琵琶湖を一望する天空のテラスへ

 面積670㎢を誇る日本一の淡水湖「琵琶湖」と、標高1,000m級の比良山系に挟まれた丘陵地が広がる湖西エリア。そんな自然の中で、高架を走る湖西線の車窓からは、少し上からの視線で、雄大な湖畔の景色を楽しめる。

 山科駅から長等山トンネルをくぐって、大津京駅に到着。天台寺門宗の総本山「三井寺」も駅からバスで行ける距離で、大門(仁王門)は豊臣秀吉が常楽寺(滋賀県湖南市)から伏見に移し、さらにその後、徳川家康によって現在地に移築、寄進されたと伝わる。

1300年の歴史を持つ三井寺の表門、仁王門。奥の観音堂からは、琵琶湖を一望できる。

 比叡山坂本駅は、比叡山延暦寺の滋賀県側の玄関口といわれる駅。また、駅から西に続く参詣道は、全国3,800余の日吉・日枝・山王神社の総本宮、日吉大社へと続く。坂の途中に点在する石の鳥居が大社へと導き、ふと振り返ると陽光にきらめく琵琶湖が見える。

 比叡山延暦寺を建立した最澄によって開湯されたと伝わる由緒ある温泉街の最寄駅、おごと温泉駅を過ぎると、堅田駅へ。琵琶湖大橋が架かるこの辺りは、琵琶湖の最小幅1.35kmの地点で、湖上に建つ仏堂「浮御堂[うきみどう]」にもほど近い。

 列車は湖畔沿いをさらに北へ。住宅街を過ぎて小野駅辺りに近づくと、左手の車窓に比良山系が間近に迫ってくる。

 琵琶湖周辺には、『古事記』で紹介される古代の神々を御本尊とした神社が点在する。湖西地域の地名にも、古代史に由来するものが多く、和邇[わに]、蓬莱[ほうらい]などの独特な駅名が、この界隈の歴史の深さを物語っている。

 志賀駅から、バスとロープウェイを乗り継いで、びわ湖バレイにある「びわ湖テラス」に立ち寄った。ゴンドラが標高1,100mの山頂に辿り着くと、ひんやりと澄んだ空気が心地いい。ウッドデッキが広がるテラスに近づくと、周囲から「わ〜つ」と感嘆の声が上がる。空の青と琵琶湖の水色が溶け合う天空からの絶景に、思わず時間を忘れてしまう。

絶景

眼下に広々とした琵琶湖を見下ろす「びわ湖テラス」は、多くの人で賑わう人気のスポット。

老僧の里坊が残る、大津市坂本を歩く

平安京の魔除け、災難除けを祈る社として崇敬を受けた日吉大社。山王の「山」という文字を表した独特の山王鳥居が威光を放つ。

日吉大社への参詣道に連なる里坊の穴太衆積みの石垣。穴太衆は特に戦国期の城や寺社の石垣積みで活躍した。

1716(享保元)年創業の本家鶴そばでは、滋賀県高島産の近江鴨肉を使った鴨なんばんそばが人気。しっかりした出汁の味わいが、参拝客を癒やしてくれる。

 かつて三塔十六谷三千坊といわれた比叡山延暦寺の門前町、坂本。周辺は重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。日吉大社への参詣道には、自然のままの石の面を巧みに積み上げられた石垣が続く。これは、比叡山の修繕作業を行っていた石工集団による「穴太衆(あのうしゅう)積み」といわれる石垣で、美しさと堅牢さを保ちながら、その姿を今に残す。

伏流水が湧く町から、石積みの護岸が残る海津へ

絶景

箱館山を背景に田園を走る湖西線。標高630mの山頂にはゴンドラで登ることもできる。(新旭駅〜近江今津駅)

 列車はさらに北へ進み、北小松駅を過ぎて近江高島駅へ向かう。その少し手前に現れるのは、湖上に幻想的に浮かぶ朱塗りの鳥居。白鬚[しらひげ]神社の厳[おごそ]かな絶景美だ。そして安曇川[あどがわ]を渡り新旭駅へ。新旭駅の東側の針江地区は、比良山系を源とする伏流水が湧き出す「生水[しょうず]の郷[さと]」。地区には湧水の清らかな小川が流れ、家々は生水を引き込み生活用水として今も利用している。

 その高島市では、JR西日本と共同して移住希望者のために民間住宅を借り上げて、田舎暮らし体験をサポートしている。湖と山に囲まれた地でアウトドアを楽しむ愛好家からも注目され、移住者も年々増えているという。新旭には、納屋を改装して活用したコワーキングスペースも誕生し、街の新しい顔となった。

高島市初のコワーキングスペース「wacca(わっか)」

オーナーの田中可奈子さんも移住者の一人。夫の実家がある新旭町に引っ越してきた当初、子育て期間中だったこともあり、知り合いを作るのに時間がかかった経験を持ち、「人が集まれる空間を提供したい」と考えたという。高島市の地域情報サイト「たかしまじかん」も運営している。

国産の木材や土壁など、なるべく自然に還る素材を使って改装。天井の野地はそのままに、落ち着いた木の空間を演出。大きな窓の向こうには田園風景が広がる。

 高島市はJR西日本との共同プロジェクト『おためし地方暮らし』を展開している。地方でのテレワークと、京都・大阪・神戸市内への出勤を組み合わせた新しいライフスタイルを提案し、古民家情報の提供や、ローカル暮らしの長期体験のサポートなどを行っている。

 移住者によるカフェなども増える新旭町の集落に、コワーキングスペース兼コミュニティースペース「wacca」が誕生した。納屋を改装した木の空間は、リモートワークや打ち合わせ場所、貸しギャラリー、イベントスペースなど、利用スタイルはさまざま。地元の人と移住者が繋がる場として期待が高まっている。

波穏やかな琵琶湖を朝日が染める今津港。沖合に延びる桟橋からは、沖に浮かぶ竹生島を遠望できる。

絶景

旧街道の面影を残す海津の風景。湖岸には波除けとして積まれた堅牢な石垣が続く。湖北三津で栄えた当時は、人家、問屋、宿屋などが立ち並んでいた。

絶景

滋賀県と福井県の境界に広がる赤坂山からの風景。眼下に広がる田園の先には海津大崎を望み、淡い乳白色の琵琶湖とのコントラストが美しい。

 複雑な稜線を描く箱館山が、沿線を見下ろすように横たわる中、列車は再び琵琶湖に近い近江今津駅へ。湖畔の今津港は、古くから北国の産物を京の都へ運ぶ湖上交通の要衝として繁栄した港で、西国札所第三十番竹生島宝厳寺[ちくぶしまほうごんじ]の玄関口として巡礼者で賑わう。湖北のシンボルといわれる竹生島は、近年パワースポットとしても注目され、今も昔も人々の心を癒やし続けている。

 そして列車は、琵琶湖北岸のマキノ駅へ。2021年11月より「JR駅レンタカー マキノ営業所」が開設。2.4kmにわたって続くメタセコイアの並木道など、マキノ周辺のドライブが気軽にできるようになった。

 琵琶湖に突き出す岬は、桜の名所でも知られる海津大崎[かいづおおさき]。北陸に通ずる海津は、今津、塩津と並ぶ「湖北三津」の一つで、往時の繁栄を物語る護岸の石積みが湖面と並走するように続いている。湖岸沿いの塩津街道は別名「塩の道」。若狭から届けられた塩と、琵琶湖でとれるニゴロブナなどで作られる「鮒寿し」は、近江地方の伝統的な郷土食だ。旧街道沿いに店を構える「魚治[うおじ]」は1784(天明4)年創業の老舗。魚屋として創業したという店の湖側には、今もまっすぐ並ぶ荷揚げ用の桟橋跡の橋柱が残っている。

 淡淡[あわあわ]とした穏やかな琵琶湖を間近に感じながら、比叡山周辺の風情を愛で、湖畔を巡る、清々しい湖西線の旅であった。

絶景美と美食を求めて、湖北マキノを巡る

絶景

メタセコイア並木を挟んで広がる「マキノピックランド」は、関西圏では珍しいサクランボなど、旬の果物狩りが楽しめる農業公園。並木道の眺めを満喫できる「並木カフェ」は、地元、マキノで作られた野菜のポトフなどの軽食をはじめ、スイーツも楽しめる。ペット同伴もOKだ。

塩漬けにしたニゴロブナを2年かけて乳酸菌発酵させた「鮒寿し」。「魚治」の店主左嵜謙祐さんは「乳酸菌のお世話をするのが、私たちの仕事です」と語る。絶妙な酸味と旨味を、日本酒とともに楽しみたい。

 アウトドアを楽しむ人々に人気の高島市。中でもメタセコイア並木は、高島市を代表する観光スポット。延長約2.4kmにわたり、約500本のメタセコイアが植えられている。最大樹高は115mにも及び、芽吹きの春、新緑の初夏、秋の紅葉、冬の雪花と四季折々に人々を魅了する。

 一方、昔ながらの街並みが残る街道沿いには鮒寿司の老舗「魚治」がある。発酵ブームの今再び注目され、求める人々が多く訪れる。

ページトップへ戻る
ローカルナビゲーションをとばしてフッターへ