ふるさとの味

広島県福山市 小イワシの天ぷら

潮の流れが複雑で、多様な海産物の宝庫といわれる瀬戸内海。 豊かな海に面した沿岸地域では、自然の恵みが郷土の食を彩っている。 備後灘一帯で穫れる小イワシも代表的な海の幸の一つ。 地元では、手軽な家庭料理や酒肴として普段の食卓に登場する。 中でも、水揚げされたばかりの小イワシでつくる天ぷらは 飾らない家庭の味として地域に根づいている。

郷土に受け継がれる鮮度自慢の小イワシ料理。

小イワシ漁が夏の訪れを告げる

 イワシには、よく知られているものとしてマイワシ、ウルメイワシ、カタクチイワシの3種がある。広島県で漁獲されるイワシのほとんどはカタクチイワシで、地元では小イワシとも呼ばれる。成魚でも大きさが10から15センチメートル。主に煮干しの原料になるほか、2から3センチメートルの稚魚はシラスと呼ばれ、釜揚げやちりめんじゃこなどに加工されて賞味されている。

 広島県の東南端に位置し、古くは城下町として栄えた福山市。その中心部から南へ進んだ沼隈半島の先端、鞆の浦の沖合には小イワシの漁場として名高い走島[はしりじま]が浮かぶ。島周辺の備後灘を漁場に、網船、運搬船、指揮船などが船団を組んで「イワシ船曳き網漁」が行われている。海面近くを群れで回遊するイワシの魚群を探知し、2隻の網船が400メートルもの長さのひき網を引き回して、小イワシの群れをまさに一網打尽にする。

 「鰯」の字が表すように、傷みが早くすぐに弱ってしまうことから、「ヨワシ」が転じたとされるイワシ。運搬船が素早く釜場に届け、また氷詰めにして鮮魚として出荷されている。漁が解禁になるのは毎年6月10日。夏の味覚として9月までの旬の時期には、さまざまな「小イワシ料理」が地域の食卓を賑わせる。「七度洗えば鯛の味」と言われるほど、活きのいい刺身として味わえるのも地元ならでは。中でも、新鮮な小イワシを衣にくぐらせ、からりと揚げた天ぷらは、もっとも親しまれている家庭料理なのだという。

沼隈半島の先端に位置する鞆の浦から、備後灘に浮かぶ走島を望む。走島漁港は、小イワシ漁における県有数の漁獲量を誇っている。

鮮度を味わう瀬戸内の食文化

 福山駅の南東、駅前の喧噪を離れた町並みの中に、「割烹 山成[やましげ]」は佇んでいる。この地に店を構えて30年。店主の山本成昭さんは、瀬戸内の天然ものにこだわり、地元周辺の漁港に水揚げされる魚介を、四季折々の会席料理に仕立てて提供している。天ぷらに使う小イワシも、走島漁港から届いたものだ。

 みずみずしく背にツヤのある小イワシは、まず流水で洗いながらウロコを落とす。次にエラの部分から頭を取り、腹に親指を入れ柔らかな身を尾に向けて開いていく。店では中骨も取って天ぷらにするが、内臓を取るだけで、中骨は残したまま調理することもあるそうだ。手開きした魚に残った内臓は、包丁を使って丁寧に削ぐ。開いてからは水で洗わないことが、からっとおいしく揚げるためのコツ。小麦粉、卵黄、冷水を合わせた天ぷら衣に、打ち粉をした小イワシをくぐらせ、180度の油で揚げていく。

 この店では、郷土料理として伝わる天ぷら以外にも、梅肉を挟んだり、紫蘇の葉で巻いたものなど、客の好みに合わせ、趣向を凝らした揚げ物にすることもあるそうだ。揚げたての小イワシは、クセがなく上品でしっとりとした口あたり。大根おろしと生姜をおろして添えた天つゆで食べるのが一般的だが、塩やレモンだけでもさっぱりとして食が進む。素材を生かした飾らない味わいは、産地ならではの鮮度によって支えられている。

足の早い魚だけに、刺身で食べられるほどの新鮮さで出回るのはこの地域ならでは。光沢のある背と澄んだ目が、活きのよさを物語っている。

身が柔らかいため、包丁を使わず手開きするのが下処理の基本。店では背びれを取り、口あたりをよくするひと手間を加える。

天ぷらの衣には、粘りが出るので卵白は入れず、卵黄のみを使用する。180度の油で手早く揚げていく。

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